喩えその時が来たとしても
あれから私は泣いて家まで帰った。先輩から置き去りにされた事が余程堪えたのか、可愛いと言われて舞い上がった気持ちを地に叩き付けられたその落差に耐え切れなかったのか……いえ、もう私の淡い思いは成就する事はないという絶望からだと思う。頬を伝う涙は拭っても拭っても後から後から溢れ出し、渇れる事は無かった。
視界が遮られて自転車に乗る事も出来なかった私は、赤く充血した目で真っ赤な相棒を泣きながら押して歩いた。
「彼女、どうしたの? パンクでもした? 俺達が直してやろうか? その後でイイ事しようぜ」
家に着くまでの道すがら、軽薄な男達のグループに声を掛けられたが、相棒である真っ赤なプジョーのマウンテンバイクは当然パンクなどしていなかったし、こんな見知らぬ男達といきなり羽目を外せる程、私は軽い女じゃない。
「お嬢さん、どうかされましたか?」
「……いえ、只の失恋なんです。すみません」
職務中のおまわりさんにも、要らぬご心配とご迷惑をお掛けしてしまった。でも何とか家には辿り着いて、親に顔を見られぬよう真っ直ぐお風呂に直行し、布団を被ってモゾモゾしてたら、呆気なく眠りに就いていた。
翌朝目覚めて朝食後、いつも通りにひとり自転車に乗って家を出て、いつもするようにひとりでゲートの鍵を開け、いつものように更衣室で独り、作業着に着替える。帰りはいつもそのままだから、普段着はナップザックに丸めて放り込む。
「先輩と顔を合わせたら何て言おう……」
もう私の事なんか嫌いになってしまったに違いない先輩に、どんな態度で接すればいいのか……敢えて考える事を避けていた問題が、ここになって……先輩と顔を合わせる間際になって、ジャバジャバと噴出してきてしまったのだ。
「先輩が来る前にトイレを済ませちゃおう」
時計を見ると先輩のいつもの到着時間まで後二十分は余裕が有る。取り敢えず緊張を解す為にも私はトイレに行く事にした。用を足し終わり、流しで手を洗い、ポケットにしまったハンドタオルをまさぐっていると、ガチャガチャとゲートの通用口をくぐる音がする。
「先輩だっ」
私は焦った。まだなんて言おうか考えてもいない。流し台に隠れて先輩を窺っていると、普通に歩いてきて階段のふもとで立ち止まった。
「気付かれた?」
私は思わず身を固くする。こんな所に隠れて自分を見ているストーカーみたいな女、きっと貴方はキモいと思うに違いない。