喩えその時が来たとしても
「でも私、事務の鈴木さんみたいに色っぽくないし……」
「何言ってんだよ、アレはポーズだろ。俺はめぐみちゃんを狙ってませんっていう見せ掛けさ」
それは薄々気付いてた。渕さんは私の気を引こうとして鈴木さんに声を掛けてるんじゃないかと思ってた。でも悪いけど眼中に無かったの。私には岡崎先輩しか見えてなかったんだから。
病弱そうに見えるこの真っ白な肌のイメージを払拭する為にカラ元気を出したり、無理にでも笑顔を作って遮二無二周りを気遣ったり、教えて貰った事はメモって家に帰ってから何度も復習したりして、とにかく先輩に認めて貰おうと、気に入って貰おうと頑張った。だからホントはあの時、二人でご飯をした時私はちょっぴり期待していたの。可愛いと言われた時は天にも昇る気持ちだったの。なのに……。
「そんな悲しそうな顔すんなよ。俺がめぐみちゃんを笑わしてやるからよ」
私の顔は見るも無惨に歪んでいたに違いなかった。でも渕さんはまた抱き締めてくれた。私は腕を彼の身体に回して応えていた。
「めぐみちゃん、意外とオッパイ有んのな。すげえ当たるんだけど」
「意外と? 知ってた癖にっ」
渕さんが私の胸をチラチラ見ていたのは知っていた。これは私の武器。本当だったら岡崎先輩に押し当てたかったF乳。でも悲しいかな、不特定多数の淫靡な妄想を掻き立てる無差別破壊兵器でもある。大してイイ女でもない私が格好のセクハラターゲットになってしまう一因、いいえ、多くの要因を担っている。
「なんだよ。自分でもこれがセールスポイントだって解ってんのな。めぐみちゃんって結構な悪女じゃね?」
渕さんのゴツくて大きな手のひらが私の胸を鷲掴みにすると、膝の力が抜けてしまい、立っているのがやっとだった。
「駄目……あっ……」
するとガチャガチャと通用門が開く音がして、私達は飛び退くようにお互いから離れた。
「おはよう。お? 今日は珍しい人が来てるな」
鈴木電気の鈴木さんだった。
「ざぁす。ちょっと道具の整理とか充電とかしてたんで」
柔和な笑顔と白髪頭が醸し出す雰囲気は、モロワルな渕さんさえ包み込んでしまう程の包容力なのだ。だからつい彼もつかなくていい嘘をついて言い訳してしまったに違いない。
「おはようございまぁす。あああ、また掃除に間に合わなかったかなあ~」
次々といつものメンバーがやってくる時間になった。渕さんはと言えば、いつの間にかどこかに行ってしまっていた。