喩えその時が来たとしても
何故か私は、その後佐藤先輩と組まされて仕事をするように言われた。付き合いを断った相手と一緒に居るのも余り気持ちのいいものじゃないけど、望みを絶たれた岡崎先輩と居るよりはまだマシだ。すると急に視界をおまわりさんが横切った。
「ああ。現場にさあ、泥棒が入ったんだってさあ~」
普段見慣れない制服姿が現場を行き来していると、何をしている訳でもないのにドキッとする。
「ご苦労様です」
私は頭を下げることでおまわりさんと視線が合う事を避けた。渕さんとの朝の出来事が、犯罪にも似たうしろめたさだったからだろうか。
「さあめぐみちゃあん。諸々の事は岡崎さんに任せて、俺達は墨出しを頑張ろう~」
「あ、はい」
『岡崎さん』と聞くと、何とも切ない思いに襲われる。結局昼にご飯を奢って貰えても、岡崎先輩からキッチリ振られるというお土産付きなんだとすれば、自然気持ちも遠退いていく。願いがもし叶うなら、永遠に昼にならない世界に行きたい。私が岡崎先輩を好きでい続けられる世界に。
「ずいぶん深刻な顔してるけど……大丈夫かあ?」
佐藤先輩にしたって私の身体が目当てなのは見え見えだった。こうして心配そうに覗き込むその視線の先は、私の胸にロックオンされているのだから。
「え、ええ。少し体調が悪くて」
そうよ、その手が有った。具合が悪い事にして早退してしまおう。
「悩みが有るなら聞くよお? えっ? 具合悪いのお?」
ホント佐藤先輩ったらトロい。敵地に送り込まれた木馬位トロいんだから。それにこのくぐもった声! 絶対この人とは有り得ない。でも私に取って結構良い駒ではあるの。何でも言う事聞いてくれるから。
「お昼に休んで、それでも良くならなかったら今日はおとなしく家でじっとしてます。高橋さんにはそう伝えて貰えますか?」
ちゃんと伝わったかしら。
「解ったよ。そう所長には言っとくね」
昼が来ない世界には行けなかったけど、先輩とのお昼からは逃げる事が出来る。後は具合が悪いような素振りをしておかないと。
「馬場さん、お疲れ気味だね、大丈夫?」
「ええ、ちょっと調子が出なくて……」
「めぐみちゃん元気ないぞ? 具合悪いのか?」
「うん、ちょっとね……」
みんなが心配してくれると胸が痛む。だけど背に腹は変えられない。岡崎先輩に振られたら胸が痛む位じゃ済まない。心臓が止まってしまうかも知れないもの。