喩えその時が来たとしても
彼女のマウンテンバイクが無かったという事は、この現場に彼女は居ないという事だ。俺と昼に約束したのをすっぽかして、家に帰ったという事に他ならない。
「どうしてだ。そんなに怒っている風じゃなかったのに!」
昨日家に帰って寝るまでは、最悪の想像もした。ハム太郎に愚痴って半べそをかいたりもした。でも今日の馬場めぐみはそんなんじゃなかった。寧ろ俺との昼食を快く承諾してくれていたではないか! では何故だ。この世に不測の事態は付き物だし、寧ろ世界は予測不能の事柄ばかりで成り立っていると言っても過言ではない。礼節を重んじる馬場めぐみが何の断りもなく俺を袖にする筈はないのだから、昼食に行けない何らかのトラブルが発生したと思って間違いではないだろう。
「ではその原因となるトラブルは何だ」
何かの用事で実家から呼び出されたのか。だがそうなると「昼に行った」という職人達の証言と食い違う。ではコクられるのが急に恥ずかしくなって予定を変更したのか。いやそんな筈も無い。俺が告白する事は俺しか知らないのだから、彼女が恥ずかしくなる理由が無い。では体調が悪くなって早退か……なるほど彼女の様子はいつもと違っていた。あの態度は体調不良から来る集中力欠如だったのか。それなら合点がいくし、一番理にかなっている。
「もう少し目撃証言を集めないとな」
俺はそろそろ昼食を終え、現場にそぞろ帰ってきだした職人達をランダムにピックアップし、問い質した。
「昼前に馬場めぐみを見ませんでしたか?」
「昼に行くって言ってたのは聞いたけど」
同じ内容か。
「すいません。昼前に馬場めぐみを見ませんでしたか?」
「ああ、昼に行くって言ってたけど……なんだか具合悪そうだったな」
やっぱり! 連絡も出来ない程に体調を崩していたんだ。すると馬場めぐみを預けていた佐藤が通り掛かった。
「佐藤さん。馬場さんを見なかったかい?」
「あは、岡崎さあん。外の食事はどうでしたかあ、あはあは……ああ、めぐみちゃんなら具合悪くて早退しましたよ? いや多分、早退する筈です」
外で食ってないからお前に聞いてるんじゃないか! と、喉元まで出掛かったが、そんな事情を佐藤が知るよしも無い。しかし早退するんだかしたんだか、ハッキリしない理由はなんなんだ!
俺の顔がよほど訝し気な表情をしていたのか、すかさず佐藤は捕捉した。