喩えその時が来たとしても
「クソッ、このっ、畜生めっ!」
虚しく振り回されるだけの俺の腕。やはり渕はかなり喧嘩慣れしている。体型差からして、とても敵う相手じゃない。
「けっ、どうした。もう終わりか?」
肩で息をする俺に余裕綽々で渕が吐き捨てる。
「おい、岡崎さん。らしくないぞ? そこら辺でやめとけよ」
気が付くと俺達を遠巻きにして職人達が集まって来ていた。
「ここでやめられるかよっ!」
俺が大きく振りかぶって繰り出した渾身の一発は、アッサリ渕に受け止められた。そして俺はぼろ雑巾のようにタコ殴りにされる。
「もうやめとけ、渕」
羽交い締めにされ、やっとおとなしくなった渕。トビの職長、生形さんが騒ぎを聞き付けようやくやってきたのだ。そして渕に面と向かい、俺に対して謝罪するように諭サトしている。
「ハイハイ、解りましたよ。……ごめんな。俺昨日めぐみちゃんと岡崎ちゃんが二人で居るとこ見ちゃってよ。今日の朝岡崎ちゃんは諦めろ、って教えてやったんだよ」
ボソボソと囁くように耳打ちされた渕の言葉は俺の理解を超えていた。
「な……? に……?」
「首振って出てったろ? めぐみちゃん、それを教えたら大層しょげてたぜ?」
あれは違う! ヘタレな自分に嫌気が差したからかぶりを振ったんだ。でも何故それを知っている。何故それを馬場めぐみに話す。何故馬場めぐみを傷付けた! 何故! どうして! 俺は目から火を噴き出さんばかりの勢いで渕を睨み付けた。
「そんな恐い顔すんなよ、岡崎ちゃん。心配しなくてもちゃんと抱き締めて、慰めてやったからよお」
「なっ! ……なにいっ?!」
慰めた? 抱き締めただと? 馬場めぐみを落ち込ませて、その心の隙を突くような卑怯な真似をした癖に、ふざけるのもいい加減にしろっ!!
「めぐみちゃん、やっぱりでけえ乳してたぜ? 柔らかかったなあ、クククッ」
「ぬぉおおおおおっ!!!!!」
もうどうにでもなれという気持ちだった。いやそれより、何も考えていなかったというのが正しいだろう。俺はその場に落ちていた木切れを拾って渕に殴り掛かっていた。
「この野郎、ぶっ殺してやるっ!」
「やめろ! 岡崎!」
「押さえ付けろ!」
「岡崎さん!」
寄ってたかって職人達からのし掛かられ、そもそも喧嘩なんかカラッキシの俺は、アッサリ獲物を取り上げられていた。そんな俺を見下すようにして、渕はブエッと痰を吐き捨てた。