喩えその時が来たとしても
朝礼広場ではもう大体がみんな、整列し終わっていた。いつの間にか所長の高橋さんも来ていて、佐藤先輩と何やら話をしている。大抵いつも朝礼には出ないのに、何故だか今日は随分と早いご出勤だ。やはり岡崎先輩の抜けた穴は大きいのだろう。所長自ら陣頭指揮に立つようだ。
ラジオ体操が終わって、朝礼が始まる。所長が参加しているので心なしかいつもよりピリピリとした空気が会場を支配している。
「工期が詰まっているこの状況で岡崎が謹慎という手痛い事態に見舞われていますが、馬場が帰ってきました。みなさんも色々思ってらっしゃるでしょうが、円滑な現場運営の為にもどうかそっとしてやって下さい」
助かった。これで質問攻めに会わなくて済む。多分これでも色々言ってくる輩は居るだろうけど、絶対的に数は減る。私は所長の言葉に合わせて頭を深くさげていた。そして……。
「お昼休みにすいません」
私はどうしても事の詳細が知りたくて、『鈴木のおとうさん』鈴木電気の鈴木さんとお昼をご一緒する約束をした。
「なにを言っとる。若いお嬢さんと昼飯が食えるなんて、幸せじゃよ」
「またまたぁ、そんな喋り方するほどお爺ちゃんじゃない癖に」
まだ彼からは高所作業などに規制が掛かるシニア(60歳以上の高齢者)申請は出ていない筈だ。
「ははは。こんな喋り方の老人はドラマかアニメでしか見ないもんな」
見事な銀髪では有るけれど、きっちり散髪されたヘアーはまだまだ現役である事を主張している。
「で、早速なんですけど、こんな事おとうさんにしか聞けなくて……」
ガタガタと椅子を引き、姿勢を正す。現場近くの蕎麦屋で日替わり定食を頼んだ私は、料理が来るのを待たずに切り出していた。
「まあね。他の若い連中だと余計な感情が入るだろうしな。人選は間違ってないよ」
タバコをぷかりとくゆらして微笑む鈴木さんに癒されながら、続きを待つ。
「皆に聞いた話をまとめるとな……」
前髪を弄りながら話す鈴木さん。やはり年の功か、理路整然と経緯を説明してくれた。私は運ばれてきたカツ丼が冷めるのもそのままに、鈴木さんの話に耳を傾けた。
「二人が私を奪い合ったなんて、なんか他人事みたい」
「全く、ドラマティックな話だよ。で、めぐみちゃんはどうするんだ」
最後に鈴木さんから出たその言葉に、私は強制的に現実へ引き戻された。