喩えその時が来たとしても
 
「ええっ?! それホントですか? そんなぁ……」

 俺は絶句して、後の言葉を継ぐ事が出来なかった。所長からの電話が相馬龍之介が死んだという物だったからだ。彼は急いで自宅を飛び出した際にダンプに跳ねられ、そのまま壁とダンプの間で圧死したのだ。

「あいつ、そそっかしかったから、なんかやらかさないかと心配だったんですが……まさか……死ぬなんて……」

 しかしそれは運命の悪戯としか思えない事故だったという。まず相馬の家は学校の近くに在り、出勤時間はスクールゾーンの時間帯に当たる。近くを通る市道から国道へ抜ける狭い前面道路の入り口は看板で侵入出来ないように封鎖される為、普段その時間帯には全く車が通らない。しかも彼が挟まれた壁は自宅から200mも離れた先に在る。通常ならば起こり得なかった事故なのだ。

 しかしその日、ボランティアのおじさんが風邪を引いたせいで看板は置かれなかった。そこへ加害者のダンプが侵入する事になるが、悪い事に彼は脱法ハーブを吸引していた。朦朧とした意識の中で、制限速度30kmの道路を100km近いスピードで走らせていたという。跳ねられた相馬はまた運悪く改造車だったそのダンプのバンパー部分に引っ掛かる形でそのまま200m程運ばれて壁に激突。壁とダンプのボディ前面に挟まれて、その遺体はさながら紙のようだったらしい。

 少しずつのボタンの掛け違いが全て重なり、相馬は死に追いやられたのだ。

「そんな事が起こっていたなんて……」

 ふと壁の時計を見るともう昼を回っていた。自堕落な数日間のお陰で夜更かし三昧だった俺は、当然のように朝は惰眠を貪る真っ最中で、相馬の不幸は知るよしも無かった。

 だが、これは現場で起きた事故ではない。従って労基署からの査察が入る事はなく、直接工程の障害にはならないようだ。お通夜と告別式の日時を辛うじてメモに取り、俺は受話器を置いた。

「受話器も手も汗でびっしょりだ」

 高橋所長の事故説明が剰りにリアルだったので、俺はその場に居るかのような錯覚を覚えた。轢き潰されたカエルのように壁に貼り付いた相馬の遺体を、まるで見てきたかのように想像出来てしまった。

 相馬の家には一度お邪魔した事がある。この現場のキックオフ会でしこたま飲まされ、足腰立たなくなった彼を佐藤と一緒に送って行った時だ。自宅前の道は車一台通るのがやっとの幅しかない一方通行だから、脇を行き過ぎる車もノロノロと走っていた。あの道なら悪くして車に跳ねられたとしても、普通は骨折位で済んでいた筈なのだ。


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