喩えその時が来たとしても
 
 お通夜は事故の翌日に執り行われた。

「この度は御愁傷様です……」

「剰りに突然の事で……」

 開始時間だけを伝えられていた俺は、ごく普通に一般の弔問客と混じっている自分を恥じた。そこここで監督仲間が忙しく立ち働いていたからだ。たまに会社へ行った時位しか会えない、同期入社の顔ぶれも有った。

「俺も時間前に来て当然だった筈なのに。しかも亡くなったのは同じ現場の職員だってのに……アッ……」

 馬場めぐみだ。相馬には悪いが、反省は取り敢えず後回しにしよう、うん。あの儚く美しいサマは、受け付けにはぴったりだ。そして黒い喪服と白い肌のコントラストが激ヤバです、最早犯罪に近いんですけどっ! って……嗚呼、直属の後輩のお通夜だというのに、不謹慎過ぎる。

 俺は誰かからこのにやけた顔を見られたのではないかと気が気ではなかった。何度も周囲を見回したが、俺を注視している目と視線が合う事は無かった。しかしいきなり肩を掴まれ、心臓が止まりそうになる。

「ああ、岡崎。急に済まなかった」

 所長だった。ビビって損した。

「いいえ、謹慎中の俺なのに、お通夜へ呼んで頂いて有り難うございます」

 すると俺を式場の隅に促して、高橋所長は小声で囁いた。

「いや、それというのもな。やはり、岡崎抜きじゃ現場が成り立たんのだ。会社には俺から言っておくから、謹慎は切り上げてくれないか?」

 それは願ってもない申し出だった。この数日間の休みで俺の頭も身体もナマって仕方がなかったのだ。いや、そんな事より何よりも馬場めぐみだ。彼女にちゃんと会って、俺の思いを伝えたい。相馬の不幸を機に告白するのは、ヤツからしたら香典泥棒みたいなモンだろう。職場で、或いはその周辺で伝えるのが一番だ。

 告別式は翌日の日曜日になった。さすがに今日は早々駆け付けて、ワイシャツに黒腕章を巻き付け、汗を流した。馬場めぐみは昨晩具合が悪くなったというので、彼女に代わって佐藤と一緒に受け付けで座らされていた。

「凄い人の数ですねええ」

 弔問客は裕に200を超えている。

「そうだな。俺が死んでもこんなには来てくれないだろうな」

「岡崎さんなら大丈夫ですってえ。心配なのは俺ですよお」

「そんな事ないさ。みんな来てくれるって」

 友達が少ない者同士、傷の舐め合いか。しかし所詮、死んだら何も解らなくなるのだ。弔問客が多かろうと少なかろうと問題ではない。


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