喩えその時が来たとしても
私はどうする、と聞かれても……そりゃすぐに岡崎先輩の胸に飛び込みたい。でも……私は先輩の気持ちを裏切ってしまった。あの時、渕さんに抱き締められて、あろうことか胸までまさぐらせてしまった好色な私を先輩は知っている。
私はもっと、キレイなイメージを先輩には持っていて欲しかったの。勝手だとは思うけど、ウブな女だと思って欲しかった。そりゃこんな仕事だし、埃や泥にまみれる事も有るけど、心までは穢れない、純真な乙女でいたかった。
だけどもう駄目。先輩の印象の中で私は、きっと汚れてしまったに違いない。
「おとうさん、私……ずっと岡崎先輩の事が好きだったんです」
白髪の前髪を弄りながら、鈴木さんはニッコリ微笑んだ。
「金魚のフンみたいにくっ付いて歩ってんだから、解っちゃいたがな」
「みんなにもバレてたと思います?」
「さあな。でもウチの長女は感付いてたよ」
事務の鈴木さんたら、おとうさんにも言ってたのね。
「でも私、先輩から嫌われたと思ってて……」
かい摘まんで居酒屋の事を説明し、その場に偶然渕さんが居た事も加えて伝えた。
「そんな事が有ったんだ。そりゃ岡崎君が悪りぃや」
やっとご飯も食べ終わり、昼休みも残り10分。
「だから、こんな流され易い淫乱女、先輩と付き合う資格なんか無いんです」
「そ、そんな事ない。考え過ぎだって!」
慌てて否定してくれたおとうさんだったけど、私の気持ちが晴れる事は無かった。
そして昼の打ち合わせ。
「ちょっと待ってくれ。各々が言いたい事を言い出したらキリがない」
高橋所長がデスクを叩いて怒鳴った。
「でも高橋さん。搬入しないことには仕事が出来ないんですよ?」
「所長。こっちだって同じだよ。只でさえ補修箇所がたんまり有るんだ。内部階段を通行止めにして貰わなきゃ仕事にならねえよ。工期内に収めなくていいってんなら別だけど」
「そしたら補修を先にやればいいだろ」
「なんだと? この野郎」
左官屋さんと建築金物屋さんのバトルは終わる気配を見せない。こんな時に岡崎先輩が居れば、お互いの工程の微調整を上手に遣り繰りして、双方共が納得出来る回答を出す筈なのに……ああ、駄目駄目。もう先輩の事は考えちゃいけない。多分私の事を真剣に考えていてくれたからこそ、酔った勢いで告白するのをやめて先に帰ったんだと思うの。真っ直ぐに、私だけの為に……。
それを私ったら……。