喩えその時が来たとしても
 
 翌日の朝、私は余裕をもって事務所に着いたつもりだったけど、もう既にガードマンさんがゲートの前で待っていた。

「お早うございます門田さん。お待たせしちゃってすいません」

「大丈夫だよ馬場ちゃん。でも、トイレに行きたいんだ」

 慌てて通用口のロックを解除する私。盗難騒ぎが有ってから厳重に施錠がなされるようになって、前みたいに皆がチェーン鍵の番号を知っている、といったユルユルの管理体制じゃなくなっていた。

「はい、開きました。泥棒が入らなきゃ、先に入って貰えてたんですけど……すいません」

「馬場ちゃんのせいじゃないよ~」

 そう言いながらトイレに走っていく門田さん。余程我慢してたのね。

「ねみ~よ~」

「おはようめぐみちゃん、フワワ」

 着替えを手早く済ませて早速、私は詰所の掃除に掛かった。建築金物の職人さん達も一人二人と顔を出す。

「皆さんおはようございま~す、朝早くからご苦労様で~す」

「ああ癒されるわ、その笑顔。めぐみちゃんもご苦労様、おいヤス、コーヒー買ってこい。めぐみちゃんは何飲む?」

「有り難うございます。私はミルクティーで」

 気付けば急いで家を出てきたせいで喉がカラカラだった私、朝からプチラッキーだ。

「聞いたかヤス! ガードマンさんの分も忘れんなよ!」

 朝から怒鳴り付けられているヤス君。彼はそういうポジションらしい。

「へ~い、ミルクティーですね~」

「やる気有んのかテメエは! シャキシャキ買ってこい」

「へ~い」

 修行中の身らしいヤス君だけど、この図太さは大物を予感させる。

「テメエ、ガードマンさんの分がねえだろが、このカス!」

「へ~い」

 頭をはたかれてまた詰所をヒョコヒョコ出て行ったヤス君を見送りながらミルクティーを頂く。職人の皆さんも朝の一服でモードを切り替え、俄然やる気満々だ。

「よおし、朝礼前に終わらせちまうぞ!」

「おう!」

 結局、朝礼までに粗方の材料を運んでしまった彼らの筋力に脱帽。左官屋さんも「助かった」とお礼を言って、昨日のバトルは何処へやら、もう職長さん同士でなごやかに話している。ともあれ、めでたしめでたしだ。

 でも朝礼が終わっても、相馬はやって来なかった。とうに所長も出勤しているというのに、彼は滑り込んで来なかった。いつも通りの朝にはまるで不釣り合いな、凄惨極まりない死が彼に降り掛かったのだ。


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