喩えその時が来たとしても
 
 友引の事故当日を避けて翌日お通夜が営まれた。ご遺族の方々は見ていられないほどに意気阻喪イキソソウのご様子だった。やはり自宅から余り離れていない場所で、剰りにも酷い死に方をされたのだから当然だろう。普段から相馬に反発していた私だって、彼が死んだのはショックだった。新人研修で同じ班になってからの腐れ縁で、何かと接点が有ったから。

 そして岡崎先輩はといえば、式が始まって程無くするとやってきた。謹慎中だったし、所長が来るなと言ったのかとも思ったから、その姿をいきなり見てドギマギしてしまった。

 でも見詰めちゃ駄目。先輩を好きでいる資格も無い女が、物欲しそうな視線を送るなんていけない事。私はそう思って先輩と視線が合わないように努めた。

 思えば、相馬もこんな私を好きでいてくれるひとりだった。岡崎先輩なんて高望みはせずに、始めから相馬位に落ち着けていたら良かったんだ。私が彼女だったらちゃんとモーニングコールをするから、いつも遅刻ギリギリで出勤するなんて真似はさせなかった。

 そうよ。私が相馬と付き合ってさえいれば、彼が死ぬ事は無かったの。余裕を持って朝彼を起こしていれば、家を出る時にちゃんと左右を確認出来た筈だもの!

 それじゃ何? 相馬が死んだのは私のせい? ご遺族を悲しませているのは私って事なの? 私こそが相馬を紙のように引き潰して殺した元凶だって事なのね。そうなんだわ。

 相馬を殺した女が、そして岡崎先輩を裏切った女が、何食わぬ顔をして受付の椅子にふん反り返っているなんて、言語道断だわっ!

 その自分への怒りに苛まれて、私は吐き気をもよおすほどの目眩に襲われた。丁度ある程度弔問の来客も疎らになり、食事会場の方へ殆どの方が移動されていたから、てい良く切り上げるなら今だろう。

「すいません佐藤先輩。私、ちょっと気分が悪くなっちゃって、おいとましてもよろしいでしょうか」

「あああ、いいよお。具合悪いんなら明日もやめときなあ」

 受付を片付けながら佐藤先輩が言う。そうだ、明日告別式に出なければ岡崎先輩に会う事も無い。この切ない思いにはフタをして、その周りを厳重に縫い付けてしまえばいいんだ。

 愛しい貴方を、好きで好きで堪らない岡崎先輩を封印するその為に、私は告別式の丸一日を頂いたの。

 そしてその翌日からは孤独な闘いが始まるの。私は先輩から独立して、それなりに使える監督になる為、先輩と出来るだけ関わらないようにしようと誓ったわ。


< 70 / 194 >

この作品をシェア

pagetop