喩えその時が来たとしても
「岡崎さん。仕事の話じゃないんだけど……」
事務の鈴木さんが俺に用事だなんて中々無い話だ。シースルーのブラウスからキャミソールがモロ透けのファッションは、パンツスタイルながらどエロなフェロモンを振り撒いている。
「めぐみちゃんの事よ」
「ばばば馬場ですか?」
馬場めぐみの話題は心臓に悪い。サーモグラフィーで俺を見たら、体表温度が4℃は下がったに違いない。
「もう、二人を見てると焦れったくってイライラするのよ」
「はあ……」
鈴木さんはかなりお怒りのようだ。俺達の何がいけないのだろう。いや多分いけないのだろう。もどかしいのだろう。口を挟みたくもなるのだろう。
「岡崎さんもめぐみちゃんもお互いに好き合ってるんじゃない。早く付き合っちゃえばいいのよ。そうよ、そうなさい。さぁ早く!」
いつの間にか女王様口調になって、半ば無茶振りの形で迫ってくる鈴木さん。この激しさは鈴木電気の鈴木さんの血ではないな、と改めて思い知らされる。そりゃ他人だから当たり前だ。
「でも鈴木さん。なんか俺、馬場めぐみから避けられてるみたいなんですけど……心当たり有りませんか?」
「えっ? そうなの? おかしいわね、こないだはめぐみちゃん、貴方の事が好きだって言ってたのに……」
鈴木さんは「私の胸で泣いて告白したのよ?」と、頻りに首を傾げている。それが本当なら喜ぶべき事で、彼女の無茶振りが無くとも今すぐにでも馬場めぐみのもとに駆け出したい気分だ。
「鈴木さんにも解らないんだったら余計に……俺には心当たりが無いんです」
しかし実際に、あからさまに、わざとらしく思えるほどに、馬場めぐみは俺を避けている。しなくてもいい仕事をしてまで、俺からの距離を取ろうとしている。
「じゃあおとうさんに聞いてみなさいよ。何か知ってるかもしれないから」
そうだ、鈴木電気の鈴木さんなら現場のゴシップに詳しい。馬場めぐみも懐いていた事だし、何かの相談に乗っているかも知れない。
「すいません、岡崎です。今お時間取れますか、はい……ちょっとご相談が」
すぐさま鈴木さんの携帯に連絡した。俺はとにかく、頼れるものなら何にでも縋る気でいた。それが喩え胡散臭い超能力捜査官でもだ。
「やっと来たね、岡崎君」
「すいません、仕事中にお待たせして」
鈴木さんは白髪の前髪を弄りながら、電気屋のネタ場でにっこり微笑んだ。