喩えその時が来たとしても
「一服が終わったばかりだから、暫くここには誰も来ないし安心していいよ」
「有り難うございます」
コンクリート内に電線を通す為に使う樹脂パイプがロールで積み重ねられている。良く見る壁のスイッチやコンセントが小箱に入って積み上げてある。他にも様々な太さの銅線の束が積んであった。さすがに泥棒から荒らされたばかりなので、工具類は施錠された道具箱の中だろう。
「ほれ、一本点けて」
「すいません、頂きます。それで……」
俺は深く煙を吸い込んでから切り出した。
「まあまあ、皆まで言うな。めぐみちゃんはな、あのトビの……なんだ……」
「渕ですか」
「そう、あの渕の強引さに抵抗出来なかった自分が許せないらしい。もう岡崎君には顔向け出来ないと思ってるんだ」
「前の日に俺が酷い事をしてしまったからなんです。彼女を居酒屋に置き去りにしてしまった」
鈴木さんはまた前髪を弄ると笑った。
「それも聞いたよ。それで彼女は自分が嫌われたと思い込んでしまったらしい、今の岡崎君みたいにね」
「鈴木さん……」
やはり熟練工には敵わない。人生のなんたるかにも精通していらっしゃる。
「だから答えは簡単だよ岡崎君。二人でちゃんと話をすればいいだけだ。……な!」
鈴木さんに背中を一発平手打ちされると、憑いていた物が落ちたように俺の心は晴れ渡った。
「有り難うございます」
俺は心から感謝して頭を下げた。
「いや、大したことないさ。岡崎君さえ現場に来ていてくれたら相馬君みたいな事にはならないと思うしな」
それを忘れる所だった。やはり鈴木さんも俺の見えない力を感じているのだろうか。
「岡崎君それだよ。頭の中で考えていても何も伝わらん。思った事は一旦頭の中で整理して、しっかり相手に伝えるんだ」
読まれていた。しかし全くその通りだ。馬場めぐみとの行き違いも、二人がそれぞれ相手の思いを深読みしたせいで起きてしまったのだ。そう、肝心な事は言葉にしなければいけないのだ。
「そうですね。所詮は誰も超能力者ではありませんもんね。いや、鈴木さんも相馬の件は俺に起因していると思われますか?」
「そうだなぁ、みんなもそう言ってたんだよ。慌て者の相馬君がこの現場で生きて来れたのも、全ては岡崎君のお陰だったんじゃないかとね!」
事の真相はどうあれ、人の生き死にに関わる問題だ。それがまだ可能性の域を出ていなくても、俺の力によって人が死なない可能性が有るなら大歓迎だ。