喩えその時が来たとしても
いや考えてもみろ、こんなにハッキリ見える幻覚は有り得ない。もしやこれは、俺の願望が具現化した物だとでもいうのか!? だとしたら、ちゃんと見えている今の内に掴まなければ、消えてしまうに違いない!
俺は幻の馬場めぐみに歩み寄り、その一番掴み易そうな胸の膨らみを鷲掴みにした。
「やった! 掴めたぞ!」
「いきなりやられれば当たり前でしょ、先輩最低!」
パシンと甲高い音が鳴り響き、俺の脳髄がグラリと揺れた。中学、高校とバレーボールで鍛えていた彼女のスナップは半端じゃない。軽く平手で打ち抜かれたように見えるかも知れないが、甚大なる衝撃を受け手にもたらしているのだ。
「ってデジャヴかっ? てか本物かっ!?」
朦朧とした意識から立ち直り、急いで辺りを見回したが、遥か遠くに立ちこぎで走り去る馬場めぐみの背中を見届けるだけが精一杯だった。
「そりゃないぜ、馬場めぐみ……」
俺の嘆きは誰の耳にも届かなかった……。
そして、昼の打ち合わせにギリギリ間に合った俺は、何とも微妙な空気の中に居た。参加している職長連中はニヤニヤしながら俺と馬場めぐみを見比べているし、佐藤はそれよりも複雑な顔で何を考えているのか解らないし、彼女は俺から顔を背けてちっとも目を合わそうとしない。
「ええ、皆さんご承知かと思いますが、岡崎が戻ってきましたので、これからはまた前のような対応が出来る体制となりました。惜しくも亡くなってしまった相馬の分は不足ながら私が穴埋めします。お気兼ね無くお声掛け下さい。ではほら岡崎さん。ご挨拶ご挨拶!」
こうやって所長から振られるのではないか、と心構えだけはしていたので、何とか慌てずに挨拶する事が出来た。
「……です。皆様には多大なるご心配、ご迷惑をお掛け致しましたが、これからも工期内での竣工を目指して、安全第一で進めて行けたらと思います」
そう締め括った俺にパチパチパチと疎らな拍手。まあ挨拶の反応としてはこんなもんかと一同を見回したが、どうやら原因は俺の口上が稚拙なせいではなかったようだ。左官屋の溝口職長が立ち上がって挙手している。
「はい、溝口さんどうぞ」
進行役の佐藤から指名され、彼は口を開いた。
「えっと。皆さんもそうだと思いますがね、なんかこうしっくり来ないんですよ」
列席している職長達は話の行方を見守っている。
「はっきりさせて貰いたいんだよな、岡崎さん!」
なんだ? 俺か? 何を……って……まさか。