喩えその時が来たとしても
「俺達ってさあ、多分凄く似た者同士だと思うんだ。すぐ相手が何を考えているか、自分はどう行動すべきかを半ば妄想してしまう」
「えっ……えっ? はい。そうです、確かに」
「そして勝手に頭の中で相手との事に答えを出して、自己完結してしまう」
「そうそう。そうなんですよ~、よく解りますね」
最初は少し強張った表情を見せていた馬場めぐみも、自分の内面に直接触れられた事もあって俺の言葉を素直に受け入れてくれているようだ。
「鈴木電気さんも言ってたよ。頭で考えてばかりいないで相手に伝えろって」
「おとうさんが……」
「あそこは父娘で俺達の事を心配してくれてるんだ」
「蜜代ミツヨさんも……」
事務の鈴木さんは蜜代さんって言うのか! 知らなかった。しかし、どうやら馬場めぐみの鎧は既にほぐれ始めている。
「それでね、俺なりに考えたんだ。君に何を言うべきなのかを」
彼女はキョトンとした表情で俺を見詰めている。
「俺は君の功罪諸共が欲しいんだ。良い所も、悪い所も全部……それが君のパーソナリティーなのだから!」
馬場めぐみは、感電でもしたかのようにブルブルッと身体を震わせると、その場にヘナヘナと女座りでへたり込んでしまった。
「先輩……私……渕さんから……」
「みなまで言うな、君が誰から触れられようが、抱き締められようが、そんな過去の事は俺達の将来には一切関係無い。その日から何回風呂に入った? ヤツのコロンは確かにキツかったが、それでも一回だって身体を洗えば残り香だってしない筈だ、そうだろ?」
俺はまるで一人舞台を演じているかのように馬場めぐみの前を歩き回り、激しく身振り手振りを繰り返す。
「はい……そうです」
「だから君は穢れてなんかない、汚されてもいない、俺に対して後ろ暗い事なんか、これっぽっちも無いんだ、解るか?」
「はい……解ります」
「だから俺の気持ちを受け取って欲しい。俺と一緒に歩いて欲しいんだ。馬場めぐみ、俺と付き合ってくれないか?」
馬場めぐみは泣いていた、女座りでへたり込んだまま泣いていた。俺もいつの間にか涙を流しながら熱弁をふるっていた。どちらの涙が先だったろう、いや、そんな事はどうでもいい。
「もう一回聞いてもいいか? 俺と付き合ってくれ!」
馬場めぐみの目から零れる涙が、スローモーションのようにゆっくりと床に落ちる。一粒、二粒と水滴が跳ねる度、詰所の床が色を濃くした。 このまま時が止まってしまうのではないかと思った刹那、
「はい。宜しくお願いします」
馬場めぐみは三つ指付いて頭を下げた。