喩えその時が来たとしても
 
 先輩の言葉が私に響いてくる。耳からと言うより、頭蓋骨ごと蝸牛菅を揺さぶられる感じだった。それに連れ、私を繭のように覆っていたくだらない主観は、蜘蛛の巣を払うように容易に取り去られ、私は丸裸になっていた。

 そして全身に染み渡るような先輩の声。その言葉は私の欲しかった免罪符なんかより遥かに私を赦してくれた。快楽主義の私を、こんなふしだらな牝犬を受け入れてくれた。

「宜しくお願いします」

 私は思わず三つ指付いて懇願してしまう。すると……、

「やったな岡崎さん!」

「馬場ちゃん、おめでとう」

「悔しいけどお似合いだよ」

「岡崎くん、男らしかったぞ!」

 そこココから拍手がわき上がった。いつの間にか職人さん達が来る時間になっていたのを私達は気付かなかったの。

 そして半月が経って。

「先輩遅いな~」

 今日は初めて先輩のお部屋にお邪魔している。男の一人暮らしなのにキチンと片付けられていて、普段の生活が窺える。カラカラカラと『ハム太郎』くんが回し車を回す音が部屋に響き渡っていた。

「元気ね~。ちゃんと面倒見て貰ってるのね」

 ケージを覗き込んでハム太郎くんに声を掛ける。先輩はチューハイと乾きものを買いに行っている。もしかして、私のリクエストした『果汁50%入りパイン酎ハイ』が無かったのかしら。「チューハイだったらなんでもいいです」って言うべきだったかしら。

『なあ、めぐみちゃん』

 私はハッとして辺りを見回した。先輩の声とは明らかに違う甲高い声で呼び掛けられたからだ。

「だ、誰?」

『俺だよ、こっちこっち! この部屋には俺とあんたしか居ないだろうが』

 まさか……私が目の前のケージに視線を落とすと、ハム太郎くんがつぶらな瞳で私を見詰めていた。

「な、なんで私の名前を知ってるの?」

『普通は「なんでハムスターが喋ってるの?」じゃないのか? ハハハハッ』

 耳につく声ではあるけど言ってる事は正論だ。何でハムスターが喋ってるのっ?!

「そうよ! なんで貴方が喋ってるのよ!」

 もしかして先輩の悪戯かと思って私は部屋のあちこちを探した。そんな私を呆れたようにハム太郎くんがたしなめる。

『哲也の悪戯じゃねえって! ほら、走るぜ。ほい、水飲むぜ。ほれ、菜っ葉喰うぜ。どうだ、こんな芸当普通のハムスターに出来るか? これでも哲也が悪戯してると思うか?』


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