喩えその時が来たとしても
先輩が悪戯でどこからか喋っていたとしても、言葉通りにハム太郎くんが走ったり水を飲んだりするワケは無い。彼(?)の言う事は本当らしい。
「じゃあ先輩は、私を驚かそうとして二人っきり……いえ、一人と一匹っきりにしたと言うの? 喋る貴方を見せたらそりゃあ誰だって驚くものね」
もう疑う余地も無かった。このハムスターは喋るんだ。でも彼から返って来たのは意外な答えだった。
「いや、哲也は知らない。と言うか、哲也とは波長が合わないんだ。俺がいくら叫んでも聞こえないらしい」
何だかどこかの霊能者みたいな事を言っている。霊が発する波長に依って、見える霊と見えない霊が有るんだとか何だとか。
「さっき哲也が出掛けに変な声を出したと思わなかったか?」
そう、扉を閉めて出て行った筈の先輩が甲高い声で「行ってきま~す」って言ったんだ。私は変だなとは思ったけど「行ってらっしゃい」って返した。
「あの時めぐみちゃんが『行ってらっしゃい』って言わなかったら、俺もめぐみちゃんに話し掛けはしなかったさ」
波長が合うかどうか確かめたんだ。このハムスター、侮れないわ。
「他にも誰かと話したの?」
「いや、前に男の友達が何回か来たけど駄目だった。ピザを配達に来たお姉ちゃんには聞こえたから、めぐみちゃんにももしかしたら俺の声が聞こえるんじゃないかと思ったんだ」
さすが岡崎先輩の飼ってるハムスターだ。すこぶる頭がいい。女性に聞こえた事が過去に有ったから私でも試してみたのね! ……って、ハムスターがどうして喋れるかの説明になってないわ!
「それはいいけど、なんで貴方は喋れるのよ!」
「ああ、言いそびれてた。俺、哲也の兄の雅也って言います」
「……っ!……」
私は思わず絶句した。てぇ事は何かい? 岡崎先輩のお父様は犬で、叔父様が白イルカだとでも言うのかい?
「てやんでぃ畜生めぃ」
私は訳も解らずチャキチャキの江戸っ子言葉を返していた。だけど……科学万能の世の中に、そんな突拍子もない話が有っていいワケがない。有る筈がない。
「ああ、言い方が悪かったね。俺は二年前に死んで、このハムスターに乗り移ったんだよ。今はまだなんともないが、そろそろ寿命の事も考えないといけない。その前に哲也に伝えなきゃならない事をどうしても、ね」
ナント! ハム太郎くんは先輩のお兄様、雅也さんの生まれ変わりだったの。