喩えその時が来たとしても
なんと今日は馬場めぐみが俺の部屋に来るという、女側からすればアニヴァーサリーな日だ。(いや、実はさっきスマホに記念日登録したのは俺だ)
あの衆人環視の元で交わされた交際締結(固いか?)の日から数えてはや半月、もうそろそろ進展が有ってもいい頃合いではある。
「めぐ悪い。何も飲み物が無かった。ツマミもロクなのが無いから買ってくるよ」
結局呼び名はめぐと先輩で今の所落ち着いている。俺の言葉に彼女がすぐさま返した。
「私も行きますよ」
「いや、だってめぐはお客様だし、自分の駅まで帰って更にチャリで家までだろ、コンビニはすぐそこだから一人で行ってくる。チューハイでいいか?」
「はい、あっ、新発売の『果汁50%入りパイン酎ハイ』あれ美味しいんですよ~。有ったらお願いします」
ニッコリ笑って頭を下げる馬場めぐみ。俺達の取り決めで「絶対譲れない理由が有る場合」以外は相手の意思を尊重する、という条文(固いか?)を入れたのだが今のがソレに当たる。俺が馬場めぐみを気遣って「部屋で待ってていい」と言ったのだから、彼女もその言葉に甘えたのだ。
「あいよ、有ったらね」
そう言って部屋を後にしたものの、彼女の望む物は何としてでも手に入れたい。彼女が美味しい美味しいと言いながら笑顔で喜ぶ様子を是非とも見たい。夢にまで出てきた、幻さえ垣間見た愛しの女性、麗しのエンジェルを喜ばせる事が出来るのだ。ああなんて俺は幸せ者なんだ。そんな彼女の為に買い物へ出掛けているなんて!
だが当たりを付けて向かった一軒目の、元は酒屋だったコンビニにはそれが無かった。
「ここには有ると思ったんだけどなぁ」
かなり家から離れているそこでも、一発で目当てのチューハイに当たれば結果最速だという目論見は外れた。
「こうなったら道順通りに寄るしかない」
しかし次も無い、その次も無かった。
「いわゆるチューハイメーカーの製品じゃない訳か。これは難しくなってきた」
スマホで調べた所、それはビールメーカーが片手間で作った品物だった事が解ったのだ。
「もう一軒しか残ってないぞ」
ここを逃すとかなり他は遠くなる。だが最後の店にもお望みのブツは無かった。意気消沈でチャリンコを押していると酒屋さんが店の前を片付けていた。
「灯台もと暗しだな。すいませ~ん」
普段からそんなに酒にはこだわっていなかった俺は、こんな所に店が有る事に気付いていなかった。