喩えその時が来たとしても
「酒屋が有るって知ってれば、ここから回ったのになぁ」
難なくお目当てのブツと乾きものを手中にして、俺は家を出てから今までの徒労を後悔していた。実家に住んでいた頃だったら、迷わず近所の酒屋へ足を運んだに違いない。こんな都会に住んでいるからか、地域住民との人間関係が希薄な毎日だからか……、最低限のコミュニケーションを取りさえすればいい、コンビニを選んでしまっていた。
「でもどうかな、個人商店はやっぱり避けてたかな」
と、また考え直す。その実家近くの酒屋に顔を出せば、最近の気候変動がどうとか、○○マーケットの肉屋がとうとう店仕舞いしたとかの世間話が一緒に付いてくるのは必至で、田舎に居る時はそんなコミュニケーションが当たり前だった。
今の俺は別に人が疎ましい訳ではないし、話し掛けられるのが嫌いな訳でもない。だが都会の喧騒の中に居て一番生き易いのは、パーソナリティーを圧し殺したパーソナル、没個性の個なのだ。その結論を得て、自分が持っていた劣等感の大元は自らが進んで作っていたという発見をする。その気付きは、少なからず今の己れの在り方を脅かしていた……だが。
「ごめーん、めぐ。やっと有った『濃厚果汁50%入りゴールデンパインスペシャル酎ハイ』コンビニ4軒回っちゃったよ」
ドアを開けた先に有る彼女の笑顔を見たら、そんな事はどうでも良くなってしまっている俺が居た。今夜は限られた時間の中で、どれだけ二人の親密度をアップさせられるかの勝負。妄想でしかなし得ていない『あんな事』や『こんな事』を具現化出来るかどうかの瀬戸際なのだ。
なのに……。
「め、めくるめく爆乳・乳頭温泉で乳房乱舞」
「!!……」
俺は馬場めぐみが言ったエロDVDのタイトルを聞いて絶句してしまう。大学が休みに入り帰郷した兄貴が、高校二年の俺にくれたプレゼントを思い出すと共に、頭の中の時計が強制的にその頃まで巻き戻されてしまったからだ。
「ほ……本当なのか? ……このハムスターは、兄貴なんだな?」
その筈だ。確かに空前絶後の名盤との声も上がる一枚ではあるが、そんな昔のDVDを馬場めぐみが知っていよう筈も無い。それに兄貴を雅也と呼ぶなんて、話してもいない兄の事を彼女が知っている理由は、誰かからその情報を聞くしか無い。その誰かは誰あろう、目の前に居るハム太郎なのだ。
「はい、勿論」
また彼女がハム太郎に返事した。どうやら兄貴の言葉は馬場めぐみにしか聞こえないらしい。