二次創作ドラゴンクエスト~深海の楽園~

3.洞窟の祠


成人式を迎える男達は眼前の様々な海鮮料理に食らいついた。大きな切り株の上には村で取れた魚や貝をはじめ、貿易商のベネーラの父親が手に入れた鳥や豚などの肉や色とりどりの野菜果物が並んであった。

「かぁ~っ、やっぱりベネーラの父さんは凄いな。こんなもの見たことないぜ?野菜か?フルーツか?何だと思う、レド?」

「さぁ?俺はそんなのより、村で取れた魚のほうが一番しっくりくるけどな?グレイも体力つけとけよ。祠に行くのも一応安全ってわけじゃないんだし。」

「ヘイヘイ、分かりましたよ。……おっ、来たぞ来たぞ?お前の彼女が♪」

そう言ったグレイの目線の先には、夕方頃に秘密の釣り場で会ったミディアがいた。赤い口紅を施した口元に、ぱっちり開いた瞳の目尻には紫のアイシャドーが入れられており、より大人な雰囲気を漂わせていた。縄で作った籠を両手で持って、その中から取り出した何かを祠に向かう男性達に渡していた。

「まぁミディアちゃんは人気だからな、狙うライバルも多いってことだ♪さすがのレドも今日は覚悟した方がいいんじゃないか?」

グレイの言葉は、自分もミディアを嫁にするからお前には負けられないというのを、ただ遠回しに言っているに過ぎなかった。おそらく一番乗りでミディアを選ぶために、多く血を流せるような特別な部位を確保しているのだろう。

「ところで、ミディアは何を渡してるんだ?」

「祠に行く連中にしか渡してないってことは…お守りとかじゃないか?まぁミディアちゃんから貰えるなら、一生大切にするけどさ♪」

「レド様ぁ~♪」

レドの背後から聞こえた、どこか色気のある声の主はベネーラであった。スリットが入った赤のドレスはベネーラが着るにしては若干小さく感じられ、特大メロン並の胸も窮屈に収まっている。更にベネーラのムチムチ感が出された身体が、男の興奮を余計沸き立てる。金髪の髪はポニーテールにしており、ヤシの実のような匂いが漂い癒しを与える。

「レド様、祠に向かうまでは危険が伴います。この『大ウツボ』の血を差し上げますね♪」

ベネーラがレドに渡したのは、牛乳ビンくらいの大きさの入れ物に入った大ウツボの血であった。大ウツボは大陸から少し離れた場所に生息する魔物だ。岩陰に潜んで近付いた獲物に食らい付き、まるごと飲み込んでしまう。非常に大きく、長さは二メートル程で、胴廻りも女性の平均サイズくらいある。凶暴な魔物であるため誰も捕獲はしないのだが、おそらくこれもベネーラの父親が商売上で手に入れた珍品なのであろう。レドは受けとると、意外にも透明感のある鮮血を松明に照らしながら眺めていた。

「ありがとう、ベネーラ。でもどうゆう効果があるんだ?」

「帰ってきたらそれを飲んでください♪薬なんです、その血♪」

「ベネーラ、レドには渡しておいて俺にはないのかよ?」

グレイがそう言うとベネーラは表情を一変し、鋭い眼差しで言い放った。

「アンタは村の漁師達をまとめるグレックさんの息子でしょ?ウツボの血を使わなきゃいけないくらいの体力で祠に行くなら止めといた方がいいわよ。じゃあレド様、頑張ってくださいね♪」

そう言って父親のところまで戻るベネーラを、苦笑いで微笑みながらレドは手を振った。グレイは奥歯をギリギリと噛みしめ、悔しそうにしていた。

「あのアマ……。作戦変更してアイツを嫁にしようかな…。」

「ん?何か言ったか?」

「ん?……あっ!いや、何でもないぜ!?アハハハ……。」

「グレイ君、レド、今日は本当におめでとう♪」

いつの間にかミディアは二人の側まで来ていた。籠の中には小さいが非常に綺麗な黒い石があり、残りは2つだった。

「この石、『暗黒つむり』から取れた真珠なの。魔除けの効果があるらしくて…成人式に出る人に渡してるの。二人も遠慮なくもらって?」

「ありがと、ミディアちゃん♪やっぱりベネーラと違ってミディアちゃんはいい人だよなぁ~」

「ミディア。お前この石配ってばかりいたけど…料理食べなくていいのか?」

「私は大丈夫。なんたって今日のメインは祠に行く人達なんだもん。たくさん食べてもらって無事に戻ってきてもらわなきゃね♪」


「レドよ、レドはおるか?」

奥の方で声がしたので振り替えると、村長が首を長くして探しているのが見えた。

「あっ、村長!今行きます!ありがとう、ミディア。グレイと楽しんでてくれ。」

「うん…。」

レドは真珠を腰に巻いた巾着に入れて席を立った。村長の元へ駆け寄った時、不意にグレイが言い放った。

「おいレド!忘れものだぜ?」

「おっと…ウツボの血か。ありがとう、忘れそうだったよ。」

ベネーラから渡されたウツボの血を胸ポケットに入れて、レドは村長の元へ急いだ。


「村長、来ました。」

「おぉレド、探しておったぞ。お主が釣った魚が非常に美味で村の者達も喜んでおったぞ。」

「本当ですか?ありがとうございます。」

「礼と言ってはなんだが…お主、まだあの竹槍を使っておるのか?」

「えっ?あっ…はい。意外と丈夫ですし、軽くて扱いやすいので…。今日もあれを持って祠に行こうと思っていました。」

祠に行く者は道中魔物に襲われる可能性に備えて、武器の携帯を義務付けられている。レドの家は村の中では一番貧しかったために鉄製の武器はなかった。レドは釣りでも使用する銛の扱いに馴れていたため、自分で丈夫な竹を見つけて加工し、竹槍を作っていた。槍は攻撃範囲も広く、打撃と斬撃二つの能力を合わせ持っているためレドにとって一番お気に入りの武器であった。

「そうかそうか。ではこれを期に変えるがよい。婆さんや、あれを持ってきておくれ。」

村長の隣にいた妻のおばばは家から木製の長い筒を持ってきた。傷一つ付いていない綺麗な筒は箱のように開閉式になっており、しっかり束ねた麻の紐で縛ってあった。

「おばば様…これは…?」

「お主の父であるザードが、自分の息子の成人を迎えた際に渡すはずだったものじゃ。あの事件より前に既に出来上がっていて、ワシらに預けてあったのじゃよ。」

「さぁレドよ、開けてみるがよい。」

レドは紐をほどいて箱を開けると、その中には鉄製の立派な槍が入っていた。矛はどんな鋼鉄でさえも貫きそうなほどに鋭くなっており、持ち手の部分には滑らないようにグリップも施されている。

「凄い……こんなものを父さんは俺のために……。」

「それだけではないぞ、ここを見なさい。」

村長が指差したのは矛の笠の部分だった。
そこには松明の明かりを浴びて鈍く光る、美しい赤い宝石が埋め込まれていた。

「これは母さんの首飾りにあった宝石!?」

「ミレナはあの山に薬草を取りに行った際も、この宝石が入った首飾りをしとった。魔物が奪っていかなかっただけ幸運じゃった。婆さんと二人で相談して、ベネーラの父親に頼んでどこぞの大陸にある大きな街の鍛冶屋で加工してもらったのじゃ。」

「そうだったんですか…村長、おばば様、本当にありがとうございます。」

「礼ならザードに言いなさい。慣れない手つきで試行錯誤しながら作りだした逸品じゃからな。」

「村長、ちょっと裏で試してもいいですか?」

村長は頷き、レドは村長宅の裏で槍を構えてみた。持ってみると改めてその槍の素晴らしさが分かるような気がした。想像していたよりもずっと軽く、両手で構えた時も腰に負荷が全くかからない。凪ぎ払った時も槍は綺麗に風を斬る。突きもぶれる事がなく、レドの繰り出すスピードにしっかり付いてこれた。

「更に腕を上げたようじゃの、レド。」

「村長…今日この日を一生忘れません。」

「これこれ、感傷に浸っている場合ではない。成人式はこれからじゃ。気を引き締めて行くのじゃぞ?」

「……はい!」

レドの心は、希望と自信に満ちていた。









「ではこれより成人の儀を行う。祠に向かう者よ、前へ。」

既に成人を迎えている男たちは皆松明を手にし、村の門出にいる村長の掛け声で8人は歩み寄った。レドの背中には、先ほど村長とおばばから受け取った槍がしっかり装備されており、松明の明かりと月の光に晒されて銀の光沢を放っていた。

「ここに集まりし8人の男たちは、新たにこの村の人間として迎えられる者達じゃ。村の掟に従い、今ここに成人の儀を行うものとする。まず最初の3人は、ワシに続いて祠に向かう。その他の者はここで待機せよ。」

村長は初めの三人を連れて洞窟にある祠へと向かった。夜陰を照らす松明は次第に遠くなり、やがて見えなくなっていった。

「ついに始まったな、レド。どうだ、緊張するか?」

「いや、妙に清々しい気持ちなんだ。なんだろう…父さんや母さんが味方してくれてるような…そんな気が…。」

しばらくして初めの三人が戻ってきた。指や腕に包帯を巻いているところからして、おそらくその部位に傷をつけてきたのだろう。おばばが三人戻ったのを確認すると、次の三人が祠へと向かった。グレイは落ち着きがなくなり、自分の巾着からミディアに貰った暗黒つむりの真珠を握って目をつむっていた。

レドの頭の中では、もう既に花嫁の候補は一人しかいないということが分かっていたが、ここにきて迷いがレドを襲い始めた。ミディアとは幼い頃から仲がよく、はっきりと表には出さなかったが、お互いに相思相愛の関係であることは間違いない。しかしミディアは村で一番人気だ。他にも嫁にしたいと願う男は少なからず……いや、自分を含め成人を迎える8人全員がそう願っているにちがいない。しかし自分は血を多く流せる特別な部位などは確保してないし、そもそもどこを傷付けるのかでさえ決めていない。それに万が一ミディアを嫁にしたとしてもベネーラの事もある。たしかにベネーラは自分以外には冷たく苛立ちを掻き立てるような言動もする。しかしそれは本当に自分を愛しているからこその行為である。そう考えると、今日この日のために昔から色々と力になってくれたベネーラには、この先一体どう励まして接すればいいのか。

そんな事を考えているといつの間にか、二回目に行った三人が戻ってきた。グレイは隣でなにやらブツブツと呟いているが、レドには全く耳に入らなかった。

「さぁ、最後はグレイとレドのペアじゃ。気を付けてな。」

おばばの言葉でレドは覚悟を決め、門出を一歩ずつ踏み出した。グレイもそれに続き、共に祠を目指した。









洞窟に続く道には、既に祠に向かった者達の足跡がくっきりと残っており、レドに並々ならぬ緊張感を感じさせる。道は海岸沿いまでたどり着くとなくなり、綺麗な夜の砂浜へと姿を変えた。辺りには、波が砂浜に打ち付けられる音だけが響いていた。

「畜生、意外と寒かったなぁ。こんな事ならもうちょっとだけ暖かくしてくるんだったぜ…」

「グレイ、よかったら俺の服貸してやろうか?」

「えっ?いいのか?けど…それだとお前上半身裸になっちまうぞ?」

「いいよ別に。馴れてるからさ。」

レドは来ていた服をグレイに渡し、寒くならないよう身体にクリームを塗ってから、鉄製の槍を背負った。

「かぁ~っ、いい身体してるわホント。その腹筋、どうやって付けたのか教えてほしいね?」

「釣りだけしてたら絶対にこうはならないだろ?ってことは、他にも鍛練してたってことさ。武器の稽古とかしてなかったのか?」

「いや?ちゃんとしてたさ。見ろよこの剣♪」

グレイが鞘から取り出したのは、スラッとした刀身が二段階に別れて延びている不思議な形状の武器だった。

「スネークソードだ。父さんが小さい頃に浜で遊んでた時に流れ着いた物の中に入ってたそうなんだ。」

「流れ着いた物?」

「あぁ。なんでもその当時は海賊乗せた船がしょっちゅう目撃されてたみたいで、流れ着いた物の中も、この剣以外に缶詰の食料とか蝋燭とかが入ってたみたいだから、多分そうなんじゃないかな?」
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