二次創作ドラゴンクエスト~深海の楽園~
5.動き出す歯車
「…………んっ…。こっ……ここは……?」
「気がついたかい、ベネーラ?」
ベネーラが目覚めたのは、式のあとに結ばれた夫婦が共に夜を過ごす小屋の中だった。残った建物のなかで、唯一被害が及んでなかったのがこの小屋であった。さすがの魔物達も、この小屋の存在までは見抜けなかったようである。
「れっ……レド様…!?無事だったのですね!」
「お前の家の中を探していたんだ。その時天井が崩れて崩壊しそうになったところを、暖炉の奥の秘密の通路に助けられたよ。」
「そうだったんですか…」
その顔からは、ベネーラのいつもの表情が消え失せていた。無理もないだろう。ベネーラは村で起こった惨劇を目の当たりにしているのだから。レドはベッドに座り込むベネーラの側に寄り、肩に手を廻して背中を擦った。
「……ベネーラ、思い出したくない気持ちは分かるが、あの後何が起こったのか教えてくれ。俺とグレイが祠に向かったあの後の事を…」
「……はい、レド様…。」
ベネーラは身体に鳥肌を浮かばせ、足元を見るようにうつむきながらながら口を開いた。
「あの後…レド様とグレイが祠に向かった時、アタシ達はお二人の姿が見えなくなるまで見送っていました…。お二人が帰るとすぐに花嫁選びが始まるので、村の女性達はおめかしするために一度それぞれの家に戻りました…。アタシも家に戻って化粧をしようと鏡の前に座ったのですが……。」
そこまで言うとベネーラは口を閉じて小刻みに震え出した。レドは再び背中を擦って落ち着かせようとする。
「その後、一体どうしたんだ?」
「……見てしまったのです……鏡に写った家の窓から、向かいの家が赤々と燃え盛っているのを…。驚いて家の玄関扉を開けて村を見渡しました……。そしたら村の人達は……。」
「分かった、もう何も言わなくていい…。」
ベネーラは恐怖のあまり泣き出し、レドの胸の中で泣き出した。レドはベネーラの頭を優しく撫で、込み上げてきた悔しさを改めて噛み締めた。
「あの後…俺達も祠で魔物に襲われたんだ。グレイは傷付いた村長を担いで洞窟を出たんだけど…俺が後で追うと二人の姿はどこにもなくて、側にこの剣が…。」
レドは足元にあったグレイのスネークソードを手にした。剣先には魔物のと思われる血糊が付いていて、グレイが村に戻る際に魔物と戦闘し、精一杯抵抗したことを物語っていた。
「俺も村に戻ると既に村は火の海で人の姿はなくて、俺は村の離れに向かったんだ。けど……」
レドはそれ以上何も言わなかった。レドがあの時目で見た光景を口にするのは、あまりにも残酷だと思ったからだ。しかしそれ以前に、それを語るのが自分自身非常に辛く、助けることが出来なかった自分を情けなく思うのが怖かった。
「ベネーラ、俺はお前の家に戻ろうと思う。幸運にもお前の家だけはあまり燃えずに済んだから、必要な物を取りに行ってくるよ。」
「アタシも行きます。」
「いや、お前は戻るのが辛いだろうし、気分も優れてない。俺一人で行ってくるよ。」
「レド様がアタシの家に行っても、何が必要な物か分からないでしょ?アタシも行きます♪」
ベネーラは一人で行こうとするレドに対して、気丈に明るく振る舞ってみせた。
「それにアタシ……一人が怖いの…。」
レドはそう言うベネーラに手を差し伸べた。ベネーラは潤んだ瞳でレドを見つめ、差し伸べられた手を握った。二人は小屋を出て、ずっと手を握ったまま村へ戻った。
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外は雨が降るような暗さではなかったが、太陽には厚い雲が被さっていて光は大地へと差し込んでいなかった。既に村は鎮火した後で、火は周りの草木にも燃え広がって離れまで焼き付くしたようだった。あの頃の村の姿はどこにもなく、今はただ焦げた木々や建物が残ったままの有り様であった。
二人はベネーラの家までたどり着いた。家は崩れ落ちてはいるものの、瓦礫をよければ絨毯に使っていた熊の毛皮や、食物を切るのに重宝するブロンズナイフなどが見つかった。
「この小さい鉄の箱、何が入ってるんだ?」
「それはお父様が貯めたお金を入れてた金庫代わりの箱ですわ。村ではお金を使う事もなくて盗まれる心配もないから、そのような簡易的な物に入れてたんです。」
「ここにも似たような箱があったぞ。いくらあるのか数えてくれないか?」
レドはずっと自給自足の生活をしてきた。そのため金銭感覚は皆無と言ってもよい。見つけられるだけ鉄製の箱を見つけるとベネーラに手渡し、ベネーラは箱を開けて中にある金額を数え始めた。
「箱は見つかったので5つ、合計金額は丁度一万五千ゴールドですね。」
「俺お金はあまり詳しくないからな、ベネーラだけでも見つかって本当によかったよ。」
「えっ、アタシだけ?あの……ミディアは…?」
ベネーラはその言葉を言うのをためらいつつレドに尋ねた。レドもミディアも相思相愛の関係であるのは、ベネーラ自身も早い段階から感じてはいた。花嫁選びも自分ではなくミディアが選ばれるのも薄々感じていたが、こんな予想外の出来事が起こった今、花嫁選びなどはどうでもよかった。
「ミディアか…。他の人達は全員離れで見つけたんだけど、ミディアだけ見つからなかったんだ…。両親はもちろん離れで見つけた。けど彼女だけ……。村から一人で逃げ出したのか?無事だといいけど…」
「そうなんですか……。けど大丈夫、ミディアはアタシより賢いし機転が利きます。きっと無事ですよ♪」
「うん……ありがとう、ベネーラ…。」
二人は引き続き瓦礫をよけて使える物を探した。それなりに物を集めて村を出る際、二人は燃え尽きた村長の家の前に立ち、両手を合わせて祈った。
「村長…皆…お父様も安らかに眠ってください…」
ベネーラはそう言って祈り続けた。レドも目を瞑って祈り、深く深呼吸をしてゆっくり目を開けた。しばらくすると厚い雲の間から一瞬太陽の光が差し込み、村全体を明るく照らした。まるで神が希望の光を天空から放ったような、レドにはそう感じられた。その時、村長の部屋があったところで何かが光っているような気がした。レドは焼け焦げた木々の上を歩いて近寄ると、ベネーラもレドの近くに寄り添い歩いた。太陽の光を浴びて、何がが反射しているらしい。
「なんだろう…?」
レドは木や瓦礫をよけて光るものを探すと、鈍く光る小さな銀の筒が現れた。
「レド様、この筒は純銀でできてますわ。」
ベネーラは父親譲りの品物を見る目で直ぐ様鑑定してレドに告げた。レドは筒の形にどこか見覚えがあった。小さいがたしかにこの形…どこかで…。
レドはその筒が横にパカパカと開く開閉式のものだという事に気付いた時、その筒が、父親がくれた槍を入れていたあの筒に似ているという事が分かった。銀の筒を開き、中身を確認する。すると、何か石のような物が入りそうな窪みが5つあり、開いた蓋の内側に小さな字で何か刻まれていた。
「ここに何か刻まれてる…〔古よりオスリアに伝わりし五つの宝玉をはめ込み捧げよ。我が楽園を授ける。〕…か。」
「何の事かしら、楽園って…。」
「とにかく、村長が何かの目的の為にこの筒を持っていたに違いないよ。オスリアに伝わりし五つの宝玉……オスリアってのは間違いなくこの大陸の事だ。誰か歴史に詳しい人でもいればいいんだけど…。」
しばらく二人はその場に黙り込むと、ベネーラが思い付いたように言い放った。
「そういえば…お父様は仕事の関係でオスリア大陸の中心にある町、パースへよく出張してたわ。あそこはオスリア大陸で一番大きい町だし…行けば歴史に詳しい人もいるかもしれない…。」
「よし、ならそのパースに行ってみよう。どっちみち、ここにいても何も分からないんだ。ミディアの行方も気になるし…ベネーラ、案内頼むよ。」
「任せてくださいレド様♪アタシがこれから精一杯、レド様のために尽くしますから♪」
明るく振る舞うベネーラに、少し安心したレド。レドは銀の筒を握りしめ、腰に巻き付けた巾着に入れた。村の門出前で再び深呼吸をし、キッと目を見開いて歩き出し、村を後にした。
レドのオスリア大陸を舞台にした長い冒険が始まった。目指すはオスリアの中心にある巨大国家、パースだ。
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深い闇は、周りの光を一切寄せ付ける事はない。闇は常に蠢き、人界の者の侵入をことごとく妨げる。その闇の中では、女神との抗争に備える魔物達がいた。そして今、胸元に焦げ後がくっきりと残された魔物が、行く宛もなくさまよい歩いていた。
『クソ…あの青二才め…!一体どこからあのような魔力を…。』
『ベレス様…大丈夫でございますか…。』
『おぉグレゴールよ、状況はどうなっておる?』
『はい…大海神様は遂にあの五大将を復活させたようでございます…。』
ベレスは手にした鎌の先を下に打ち付けた。
『おのれ大海神め…!自分が存在できるのは全てあの方のおかげだというのに…勝手な事をしおって!』
『部下の幾人かを見張りとして潜り込ませました…。状況は逐一報告するように命じてあります…。』
『ご苦労、グレゴール。下がってよいぞ。』
『………ベレス様、今回の失敗は恥ではありません…。どうかお気になさらずに…。』
『分かっておる。………それより奴は捕らえたか?』
『はい…捕らえてしっかり見張ってあります…。あの女も中々の魔力を持っているようです…。』
『当たり前だ。彼女も女神の子孫だ、子孫同士で契りを結ばれ純血の子孫が生まれれば、我ら魔族に災いが起こるに違いない。しっかり見張り、下手な真似を出来ないようにするのだ。』
『かしこまりました…。』
そう言うと魔物はスッと闇の中に消え去った。
『さぁ、これから楽しみではないか…女神の子孫、レドよ…!』