彼はマネージャー
私はマネージャー補佐
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家電総合店、リバティでは各店ごとに責任者としてストアマネージャーが在籍している。そのマネージャーも店の大きさによってランク分けされ、最大坪数店舗はSランク、続いてABCDと順になっている。
そのストアマネージャー達をエリアごとで統括しているのが、エリアマネージャー。更にそのエリアマネージャーを束ねているのが本社勤務の統括マネージャーになる。
今日は運悪く統括マネージャーと監査員の抜き打ち監査であり、ここで、コンプライアンス違反などが発覚すると、場合によっては降格もありえるほどのマネージャーにとって重大なイベントである。
それの重大さを世間話のついでに教えてくれていたのは、前 統括マネージャーに当たる良成だ。
なので、二塚が罰のように接客を指示するのも仕方ないが、でも結局それは自らの進退に関わることだからかもしれない。
そう思うと、二塚のことを上司として認めたくはなかった。
美形のせいか常に無表情でクールな面持ちを保たれると、何を考えているか分からなくて怖い。
異業種の他会社から引き抜きに合って入社わずか2年でAランクのマネージャーになるなど、前代未聞の早出世だが、柚木からすればそんなことはどうでも良かった。
「この前……先週の木曜なんだけど、監査があって……って知ってるか」
約束の火曜である午後11時。良成のボルボに乗り込んだ柚木はいきなり抜き打ち監査の話から始めた。
「あぁ、うちの店には夕方来たな。じゃあそこ寄ってからうち来たんだな」
「私あの朝、監査資料のチェック頼まれてたんだけど聞きそびれてね、結局サインが一個なかったこと指摘されたってもう……最悪だったよ。二塚マネージャーの無言の怒りを感じた」
「フン、そんなの毎日チェックするのが当たり前なんだよ。抜き打ち監査するから事前チェックしてるようじゃ、やられるのが当然だ」
「そっか」
自らの失態による指摘をされて少なからず落ち込んでいた柚木であったが、それを聞いて心が随分軽くなった。
「良成は完璧だったの?」
柚木は自信を持って聞く。
「まさか、たくさんあるよ。主にはフロア担当の個人的なスキルアップの仕方とか、その連携とかかな」
「ふうーん」
やはり、前 統括マネージャーとして、監査する側だっただけあり、単純ミスなる指摘は受けていないようだ。
ちら、とその横顔を見る。
相変わらずの黒縁のセルフレームの奥から見える睫は長く、切れ長の目がより一層印象的になっている。その下の頬、太い首から繋がったハンドルを持つ腕はワイシャツを捲っており、筋肉質な筋が浮き沈みする度に色気を感じた。
2人の関係はなんとなく、暗黙の了解で秘密にしている。
別に同僚などに知られても特に害はないのだが、二塚に知られるのだけは少し抵抗があった。
さすがに、直属の部下が上司の彼女ともなると、良い気はしないだろう。
上司といえど、立場的に上司というだけで会議の時くらいしか会わないのが救いだが、年齢も良成の方が34歳と2つ下だし、何かと気まずくなるに違いない。
「どうした?」
良成はハンドルを持ちかえ、左腕を助手席に伸ばすと手をぎゅっと握った。
「……でね、私その日フロアで接客してた」
「何で?」
「チェック確認し忘れたから、その罰じゃないの? 知らないけど。多分そう」
「……自分が悪いのに……その責任なすられたわけだ」
「うん……そうかも」
「可愛そうに……家に着いたら慰めてやるからな」
「えっ」
柚木は一旦手を引っ込めようとしたが、それよりも強い力でぐいと引っ張られる。
「仕事のことなんて、忘れさせてやるよ」
「いやでも私、明日早いの! あ、そうそう。私早いの。7時半着なの……」
「何で? システム修復の件で早出だろ? 8時なら分かるけど」
「うん、そうなんだけど。作業の人が早く来るかもしれないからって……」
「……あそう。ま、早いことに越したことはないけど? 送るの俺だし」
あれ、すんなり流してる……。
「……だから今日は早く寝ようか」
「そうだな、気持ち早く、寝ようか」
家電総合店、リバティでは各店ごとに責任者としてストアマネージャーが在籍している。そのマネージャーも店の大きさによってランク分けされ、最大坪数店舗はSランク、続いてABCDと順になっている。
そのストアマネージャー達をエリアごとで統括しているのが、エリアマネージャー。更にそのエリアマネージャーを束ねているのが本社勤務の統括マネージャーになる。
今日は運悪く統括マネージャーと監査員の抜き打ち監査であり、ここで、コンプライアンス違反などが発覚すると、場合によっては降格もありえるほどのマネージャーにとって重大なイベントである。
それの重大さを世間話のついでに教えてくれていたのは、前 統括マネージャーに当たる良成だ。
なので、二塚が罰のように接客を指示するのも仕方ないが、でも結局それは自らの進退に関わることだからかもしれない。
そう思うと、二塚のことを上司として認めたくはなかった。
美形のせいか常に無表情でクールな面持ちを保たれると、何を考えているか分からなくて怖い。
異業種の他会社から引き抜きに合って入社わずか2年でAランクのマネージャーになるなど、前代未聞の早出世だが、柚木からすればそんなことはどうでも良かった。
「この前……先週の木曜なんだけど、監査があって……って知ってるか」
約束の火曜である午後11時。良成のボルボに乗り込んだ柚木はいきなり抜き打ち監査の話から始めた。
「あぁ、うちの店には夕方来たな。じゃあそこ寄ってからうち来たんだな」
「私あの朝、監査資料のチェック頼まれてたんだけど聞きそびれてね、結局サインが一個なかったこと指摘されたってもう……最悪だったよ。二塚マネージャーの無言の怒りを感じた」
「フン、そんなの毎日チェックするのが当たり前なんだよ。抜き打ち監査するから事前チェックしてるようじゃ、やられるのが当然だ」
「そっか」
自らの失態による指摘をされて少なからず落ち込んでいた柚木であったが、それを聞いて心が随分軽くなった。
「良成は完璧だったの?」
柚木は自信を持って聞く。
「まさか、たくさんあるよ。主にはフロア担当の個人的なスキルアップの仕方とか、その連携とかかな」
「ふうーん」
やはり、前 統括マネージャーとして、監査する側だっただけあり、単純ミスなる指摘は受けていないようだ。
ちら、とその横顔を見る。
相変わらずの黒縁のセルフレームの奥から見える睫は長く、切れ長の目がより一層印象的になっている。その下の頬、太い首から繋がったハンドルを持つ腕はワイシャツを捲っており、筋肉質な筋が浮き沈みする度に色気を感じた。
2人の関係はなんとなく、暗黙の了解で秘密にしている。
別に同僚などに知られても特に害はないのだが、二塚に知られるのだけは少し抵抗があった。
さすがに、直属の部下が上司の彼女ともなると、良い気はしないだろう。
上司といえど、立場的に上司というだけで会議の時くらいしか会わないのが救いだが、年齢も良成の方が34歳と2つ下だし、何かと気まずくなるに違いない。
「どうした?」
良成はハンドルを持ちかえ、左腕を助手席に伸ばすと手をぎゅっと握った。
「……でね、私その日フロアで接客してた」
「何で?」
「チェック確認し忘れたから、その罰じゃないの? 知らないけど。多分そう」
「……自分が悪いのに……その責任なすられたわけだ」
「うん……そうかも」
「可愛そうに……家に着いたら慰めてやるからな」
「えっ」
柚木は一旦手を引っ込めようとしたが、それよりも強い力でぐいと引っ張られる。
「仕事のことなんて、忘れさせてやるよ」
「いやでも私、明日早いの! あ、そうそう。私早いの。7時半着なの……」
「何で? システム修復の件で早出だろ? 8時なら分かるけど」
「うん、そうなんだけど。作業の人が早く来るかもしれないからって……」
「……あそう。ま、早いことに越したことはないけど? 送るの俺だし」
あれ、すんなり流してる……。
「……だから今日は早く寝ようか」
「そうだな、気持ち早く、寝ようか」