鯉に咲く桜

side鯉伴

ガヤガヤと会議室は五月蝿かった。

そりゃそうだろう。
なんたって、普段温厚な兄貴が直々に幹部召集をかけたんだからな。

上座には、総大将であるリクオを中心に親父と俺、
それから先程から目を瞑ったままの兄貴が座っている。

「今日は急な召集すまなかったね。
鯉桜おじ様から緊急を要することがあるみたいだから、
召集をかけさせてもらったよ。

…だからてめぇら、しっかり聞けよ。」

夜の姿に変わったリクオに、幹部は黙る。
それを皮切りに兄貴はその閉じていた目を開けた。

ゾクッ…!

思わず、鳥肌が立つ。
こんな、兄貴…見たことねぇ。

瞳を開けた兄貴のその目には、何も写っていなかった。

光なんて皆無、あるのは底知れぬ闇だけ。

いつも微笑みを絶やさないその表情も、
今はただの能面のように無しか感じられなかった。

「…数刻前、僕はある妖怪に襲われた。」

!?
なんだい、そりゃ…!

「どういうことですか、鯉桜様!
そのような報告、受けておりませんぞ!」

鴉のその言葉はここにいる、俺や親父を含めた全員の言葉を代弁したものだった。

ただ、リクオは分かっていたように眉間にシワを寄せていた。


「してないからね。でもそんなことはどうでも良い。
これは、奴良組だけじゃない、日本全土の妖怪の存亡に関わる話だ。」

淡々と、無表情のまま言葉を紡ぐ。

こんな兄貴、見たことねぇ。
何百年も一緒にいた弟の俺でさえ、見たことねぇ。

まさか、
怒っているのか…?
あの、兄貴が…?

今まで、兄貴が怒る姿を俺は見たことがない。

小さい頃、どんなに俺が意地悪をしても、兄貴は怒らなかった。

笑って、受け止めてくれた。
将来は立派な総大将になるね、って誉めてくれた。

鍛練や勉強で、俺がサボったりしても、兄貴は怒らなかった。

困った顔をして笑ってはいたけど、
そこが鯉伴の良いところだよ、って言ってくれた。
いや、鴉が代わりに凄い怒るんだけど。

何に対しても受け身の姿勢を崩さない兄貴が、
今初めて、攻撃的な一面を見せた。

この何百年誰にも見せなかった、その姿勢を。
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