鯉に咲く桜
今俺には若菜がいるし、リクオもいる。

幸せだから、もう何も望まない。
未練も何もない。

だからと言って、羽衣狐を許した訳じゃない。
俺は羽衣狐に一度殺されかけている。

その事実は変えられない。
だから許すつもりはないし許せない。

「…困ったねぇ…。」

俺は独り言のように呟く。
だが、その後すぐ、兄貴が口を開いた。

「…僕が行くよ。」

「……、兄貴本気かい?」

雰囲気は元に戻った兄貴が微笑みながら言う。

その微笑みは本当に嬉しそうだ。

…………?

「僕は嘘は言わないよ、鯉伴。」

「いや、それは分かってはいるが…。
兄貴、危険すぎやしないかい?
京都へ行くってことだろう?」

「俺も同感だぜ、叔父貴。
それに行くなら護衛は絶対だ。」

「いや、必要ない。」

きっぱりと断言した兄貴に俺達は絶句する。

「なっ…!鯉桜様!何を仰っているのですか!」

「だから言っているだろう、鴉。
護衛は必要ない。僕だけで十分だ。」

「兄貴…。」

兄貴は穏和そうにみえて、実はそうではない。

普段は確かに穏和で常に微笑みを絶やさない兄貴だが、
一度決めたことは絶対に曲げない。

その結果が良かったとしても悪かったとしても、
それは自分の責任なのだから、と言うのが昔から兄貴が言っていることだ。

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