鯉に咲く桜
「僕達奴良組と、京妖怪の間には決して埋まることのない深い溝がある。
それは文字通り、これから先二度と埋まらない溝。
それでも、僕は羽衣狐という、一人の女性を愛した。
京妖怪の大将だから。相反する相手だから。
僕が奴良組の長男だから。
そんなものなんて、捨ててしまえる程に、彼女を愛した。」

屋敷に戻って言うよりも、やはり今言いたい。

どんなにこれがいけないことだと分かっていても、とめられなかった。

「目まぐるしく変わる世界の中で、変わらないモノがあるとすれば、この想いだけだと思った。」

激化するいくつもの哀しい争いに、誰もがみな変わってゆく。

その中で変わらないものがあるとすれば、この想いだけだと確信できた。

「…世界は君のモノで、そしてまた、君も世界のモノ。
生まれ出でて、この世界にあるからには。」

ずっと黙っていた羽衣狐は、呟くように言った。

「鯉桜は、初めて妾を一人の女として必要としてくれた。
妾に、傍に居て欲しいと。それが、何よりも嬉しかった。」

「どんなに苦しくても、変わらない世界は嫌なのじゃ。
妾は知った。
妾達の間には決して埋まることのない深い溝があるということを。
しかし、それを少しでも埋めることができると言うことを。
だから明日がほしいのじゃ。
どこも皆と変わらない。鯉桜も。」

「また、争いが生まれてもか。」

リクオの厳しい目に、羽衣狐は逆らうことなく、儚げに笑った。

「…覚悟はある。妾は戦う。未来を得るために、戦うのじゃ。」

羽衣狐の覚悟は、きっと皆に伝わってるはずだよ。
みんなも分かってるから。

悩んでいけることも。変わっていけることも。
それを知っているから。

「…怖いのは、閉ざされてしまうこと。
こうなのだ、ここまでだと、終えてしまうこと。」

「未来を作るのは、運命じゃないよ。」



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