鯉に咲く桜
第一章
奴良家長男
朝日が昇り始める少し前、僕は意識を覚醒させる。
いつものように部屋で精神統一をする。
まだ誰も起きていない、この静かな時間が僕は好きだった。
誰にも邪魔されない。
僕の家は少し、いや、かなり特殊な家だった。
関東を治める妖怪の一族、奴良組。
妖怪任侠一家として、名を馳せる組だ。
今は初代である父は引退。
ご隠居として好き勝手に生活している。
そして二代目は僕の弟である鯉伴だった。
帝都の時代を駆け抜けた鯉伴の代は、全盛期を迎えた。
誰もが鯉伴に畏れをなして、
ある者は怯え、ある者は憧れを抱いた。
そして、あるときを境に若くして引退。
息子であるリクオに三代目を譲り、今は会長として組を支えている。
今のリクオの代は、二度目の全盛期を迎えようとしている。
着々とシマを広げ、全国の猛者とも交流を深めつつある。
僕は奴良組の長男で。
本来なら僕が二代目にならなきゃいけない。
でも僕はそうしなかった。
僕は鯉伴と比べて弱かったから。
いや、そうじゃない。
僕は確かな実力は持っていた。
母の治癒能力を母以上に強く受け継いだ。
妖力だって鯉伴や父と互角に戦えるほど強い。
でもそうしなかったのは、性格の違いだった。
鯉伴は普段飄々としていて遊び人だが、
敵相手には容赦しない。
組を護ろうと、大切な人達を護ろうとしている。