鯉に咲く桜
「おじさん。……おじさん、僕は…、」
「…リクオ。もう何度目だい?
毎日来なくて良いんだよ。これは僕が決めたことなんだから。」
僕の組での役目。それは参謀として組に知恵を授けること。
ただ、僕の役目はそれだけではなかった。
「でも…っ!
何でおじさんがわざわざ危ないことをしなきゃいけないんだ!
そんな…諜報員なんて…!」
諜報員。それは敵の内情を探るためだけに存在する。
それを僕は組に内緒でやっていたのだが。
あるとき偶然リクオの夜の姿に見られてしまった。
それが三代目を継いですぐのことだった。
僕は夜、見回りを兼ねて諜報をしている。
姿を変えて、声を変えて、性格を変えて。
全ては組の為に。
「ほらほら、リクオ。そろそろ学校へ行く時間だろう?
早くしないとカナちゃん達が待ってるよ。」
リクオの背中を押すと、リクオは渋々僕の部屋から出ていく。
リクオ。君は気にしなくて良いんだよ。
これは僕が決めたことだから。何も気にしなくて良い。
「…僕は、これを望んだ。
組の安泰の為だ。その為なら、僕は…。」
その先は、あえて言わなかった。
気配を消しているんだろうけど、諜報員をしている僕にとって、
気配を察知するのは雑作もないこと。
「ご隠居。聞いておられたんですか。」
「何を言うか。しっとったくせに。
それにしても鯉桜。お主そんなことしておったのか。」
ご隠居の顔は眉間にシワを寄せたまま険しい顔をしている。
それに僕は答えることなくご隠居の側を通りすぎる。
「…何を企んでおる。」
「…人聞きの悪いこと言わないで下さいよ、ご隠居。
僕はただ、組の為にしているだけのこと。
それ以外に何もないですよ。」
む…と考え込むご隠居に背を向けて歩き始める。
「あ、鯉桜様ーっ!」
「おはようございます、鯉桜様!」
小物の妖怪達は今日も元気らしい。