愛情の鎖
言えるわけ、ない。
あんな非現実的な展開、言えるわけないじゃないか。
先程の宗一郎さんと母の光景を思い出しそうになり、私は慌てて先生に向かって頭を下げた。
「あの、保険証すみませんでした。助かりました」
「ああ、別にそんなことは気にしなくていいよ。また明日ぐらいに持って来てくれれば大丈夫だから。私と梨央ちゃんの仲だしね」
「…ありがとうございます……」
ここが父の知り合いの病院で助かった。
さっきは結局保険証どころじゃなかったし、私の財布には帰りのタクシー代ぐらいしか入っていなかったから。
「もし、困ったことがあったらいつでも言ってね」
「ありがとうございます」
私はもう一度お礼を言って診察室を後にした。
薬をもらい、再びタクシーに乗り込むと、どっと重たい気持ちが押し寄せる。
実家に帰りたくない。でも帰らなきゃいけない。
例え菜々を連れてマンションに帰ってもうちには宗一郎さんがいる。
どっちにしろ地獄が待っている。
逃げる場所なんて、ない。