下町退魔師の日常
「今までもそうだったのか?」


 眉をひそめ、幹久は聞いた。
 久遠くんは小さく頷く。


「その度に、あぁやって誰かを襲ってたのか?」


 更なる質問に、久遠くんは苦笑して。


「いや。大人になってからは、衝動が起きてもある程度自分をコントロール出来た・・・だからその度に、人がいない場所に行った」


 あたしは、短刀を握り締める。
 今までにない感情が沸き上がってくる。
 こんなもん、なければいいのに。
 伝説なんて、なければいいのに。
 この町の人達だけじゃなく、久遠くんまで苦しめるなんて。
 鬼姫も侍も。
 短刀も、魔物も。
 あの祠も、みんなみんな、なくなればいいのに!


「やっぱり、俺はここにはいられないな」


 静かに、自嘲的に、久遠くんは呟く。
 あたしの鼓動が、どんどん早くなるのが自分でも分かった。


「俺がここにいる限り、またいつ自制が効かなくなるか分からない。それに・・・俺があの祠の近くにいると、魔物が出て来る数が増える」
「そんなこと・・・」
「マツコ。前にも言っただろ。魔物が出て来るのは、これまでせいぜい一年に1回か2回だった。何年も出て来ない事もあった。だけど俺が来てから3ヶ月も経たないうちに、これで3回目だ」


 久遠くん。
 こんな時にまで、どうしてそんなに淡々としてるの?
 本当に、この町を出たいの?
 そんな問いかけは頭の中をぐるぐる回るだけで、言葉にならなかった。
 あたしは嫌だよ。
 久遠くんが居なくなるなんて。
 ーー嫌だよ・・・!


「お前さぁ」


 不意に、幹久が立ち上がる。
 かと思ったら。
 久遠くんが、ソファから転がり落ちた。
 あまりに一瞬で、幹久が久遠くんを殴ったんだって理解するまでに、3秒かかる。


「幹久!?」


 あたしは慌てて久遠くんに駆け寄って、床に倒れ込んだ久遠くんを抱き起こした。
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