下町退魔師の日常
「何で殴るの!?」


 幹久を怒鳴りつけるあたしを、今度はシゲさんが嗜める。


「黙ってろ、マツコ」


 どうしてこんな時に悠長にタバコなんて吸ってるのよ!?
 あたしがシゲさんに文句を言おうとした間に、幹久は久遠くんの胸ぐらを掴んで無理矢理立ち上がらせた。


「幹久!!」


 止めようとするあたしのポニーテールを、シゲさんはムギュっと掴んで引っ張って、無理矢理ソファに座らせる。


「シゲさん!」
「こういう時はな、女は口を挟んだらいけねぇよ」


 こういう時って、どういう時よ!
 訳も分からずにあたしが顔を上げると、幹久が久遠くんを睨み付けながら言った。


「お前がここに来てからすぐ、俺達話をしたよな。その時お前、マツコの事守るって言ったんじゃなかったか?」
「あぁ。言ったな」


 胸ぐらを掴まれたまま、久遠くんは幹久から視線を逸らさずに答える。
 てか・・・いつの間に、二人で話とかしてたの?
 そう言えばこの二人・・・お互いに呼び捨てし合うようになったと思ったら、何だかギクシャクしてた時もあったなぁ。
 一体、なんの話を?


「だからあの時俺は、お前にはマツコを任せられないって言ったんだ。何処の馬の骨かも分からねぇ余所者にな」


 幹久。
 あたしの知らない所で、そんな話をしてたの?
 あんた、あたしの保護者ですか。


「そしたらお前、言ったよな。マツコの苦しみは俺にしか分からない、って」
「あぁ」
「それなのに、一人で出て行くのか?」
「・・・・・・」


 今度は、久遠くんは、答えなかった。
 長い長い沈黙。


「・・・そのマツコの苦しみの原因が俺なんだよ。だから」


 言い終わらないうちに、幹久はまた久遠くんを殴り付けた。


「・・・!!」


 あたしは、息をのむ。
 久遠くんは派手にテーブルを巻き込んで倒れ、それでも、ゆっくりと起き上がって口元に手を当てた。
 唇の端から、血が滲んでいる。
 殴った幹久の方も、傷口から血を滲ませていた。
 ・・・なんか、切ない。
 あたしは、まだ布に巻かれたままの短刀を胸に抱いた。
 切ないよ。
 何で、こうまでしてみんなが噛み合わないんだろう。
 あたしも、久遠くんも、幹久も。
 町の人達も、みんな。
 どうして、平和に穏便に、笑いながら暮らせないんだろう。
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