下町退魔師の日常
「商店街の催しでなぁ、当時結構売れてた演歌歌手がコンサートをする事になってたんだよ。松蔵がエラく張り切っててなぁ、マツコと一緒に見に行くんだってな」


 頭を抱えながら誤解だ誤解だとブツブツ呟いていた幹久も、シゲさんが話し始めると、腕組みをしながら記憶を辿るように聞き入っている。


「だがな、コンサートの二日前、松蔵が高熱を出しちまってなぁ。コンサートなんてとても行けねぇってんで、マツコに友達を誘って行ってこいっつったんだよ」


 それを聞いて、久遠くんはクスッと笑う。


「もしかして、それって松蔵さんの」
「あぁ、誰でも一発でバレちまうような仮病だよ。ここの人間は昔からどうも嘘が下手くそでなぁ、その割には誰の言うこともすぐ信じちまう。当時のマツコも、あんな三文芝居にコロッと騙されちまってなぁ」
「それで、幹久を誘って行ってこい、と」


 そうだよ、と、シゲさんも笑いをこらえて頷いた。
 幹久は腕組みを解いて、ポンと両手を叩く。


「そう言えばあったな。だけどよ、中学生のガキが演歌なんて、興味あるワケねぇじゃんかよ」
「それでもお前は、マツコの誘いを受けたんだろ?」


 必死で笑いをこらえている久遠くんの脇腹を小突く幹久。


「あっ・・・あれはな、マツコがあんまりしつこいから」
「おめぇもいい年してガタガタ言ってんじゃねぇよ、幹久。ま、松蔵にしてみれば、毎日銭湯を手伝ってくれるマツコに、たまには遊んで来いって言いたかったんだろうけどなぁ。俺も見てたが、あの時のマツコは面白かったぞ? あんまり数を持ってねぇ洋服を片っ端から引っ張り出してな。何を着て行こうかって」


 目に浮かぶと、久遠くんが言った。
 でもなぁ、とシゲさんは、タバコに火を点けて。
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