下町退魔師の日常
「コンサート・・・マツコと幹久の初デートの当日なぁ、魔物が出たんだよ」
「・・・・・・」


 幹久はまた腕組みをして、目を閉じている。


「それで、魔物は?」


 久遠くんが聞いた。


「あぁ、もちろん退治したよ。それもたったの20分でな。魔物退治の最短記録だって、松蔵が言ってた」
「じゃあ、コンサートは」
「中止だよ」


 さっきからずっと黙っていた幹久が口を開く。


「そうか・・・もしかして、マツコが怒った1回目ってのがその時なのか?」
「あぁ、そうだ」
「お前とデートするの、余程楽しみだったんだな」
「バぁカ。勘違いすんな、久遠。それだけでマツコが怒るかよ」


 久遠くんは、不思議そうに幹久を見つめる。


「お前も知ってる通り、この町じゃ魔物退治が最優先なんだよ。あの時商工会の会長だったウチのオヤジは、コンサート中止を歌手側に説明するのに苦労したって言ってたぜ? そりゃそうだろうよ、町の外の人間にゃ理解出来ねぇ言い訳なんだからな。バカにしてるとか言って、損害賠償騒ぎの一歩手前まで行ったんだから」
「あぁ、ま、初デートがぶっ壊されたってのも要因の1つだったんだろうがなぁ、町の連中が楽しみにしていたコンサートを中止にされたってのが、怒りの殆どを占めていたんだろうなぁ」


 シゲさんはそう言うと、ふうっと煙を吐いた。


「久遠」


 幹久は、俯いたまま久遠くんに話しかける。


「俺はマツコが好きだ」


 久遠くんは幹久を見つめた。


「昔からずっと、真っ直ぐで一生懸命なんだよあいつは。でもな、それは自分の為じゃねえんだ。あいつはずっと昔から、この町の連中の為に生きてるんだ」
「・・・・・・」
「あの日、俺は正直、コンサートが中止とか関係なかった。むしろ中止で良かったよ。そしたらマツコと、1日中好きな事して遊べるだろ? 映画とかゲーセンとかな。んでよ、俺はマツコを迎えに来たんだが・・・マツコはここには居なかった」
「どうしてだ?」
「怪我したんだよ。俺が迎えに来た時にゃ、もう病院に運ばれてた。慌てて病院に駆け付けたらな、包帯だらけのあいつと、病室の壁に泥だらけのスカートが掛けられてたよ。スカートなんて履いた事もねぇクセに」
「俺が後から松蔵に聞いたんだけどなぁ、あの日出て来たのは、魔物の中でも手強い相手だったんだとよ。鬼、とか言うヤツでなぁ」


 そう言うと、シゲさんはタバコをもみ消した。
< 104 / 163 >

この作品をシェア

pagetop