下町退魔師の日常
☆  ☆  ☆



 松の湯の裏の空き地。
 夕暮れのそよ風に前髪をなびかせながら、あたしは祠の前に立っていた。
 いつの間にか、サスケがあたしの足元で行儀よく座っている。
 あんたホントに、どっかの連中と違ってトコトン空気の読める猫だよねぇ。
 あたしはその場にしゃがみ込むと、サスケの頭を撫でた。
 あんたこそ空気読んでもうちょい緊張感持ちなさいよとでも言うように、サスケはチラリとあたしを見上げる。


「あ、そうか。1人になりたかったらここに来ればいいんだ」


 今更ながら気付く。
 そうだよね、ここには誰も近付かないってのが、この町の暗黙のルールだもん。
 あたし・・・今、1人になりたいんだ・・・。
 何故だろう。
 久遠くんとギクシャクしたときも、店を飛び出したあたしの足が向いたのは、みんながいる商店街だった。
 考えてみたらあたし・・・自分から1人になりたいって思った事、一度もないや。
 ただの一度も。


「・・・なんてね・・・」


 ホントは今だって・・・1人になんか、これっぽっちもなりたいなんて思っちゃいないんだ。
 あたしは、目の前に建っている小さな古びた祠を睨み付けた。


「何なのよ」


 無意識に、布に巻かれたままの短刀を握り締める。
 腹が立つ、なんてレベルじゃない。
 あたしは今、モーレツにはらわたが煮えくり返っているんだ。


「誰のせいでこうなってると思ってんのよ」


 昼間の光景が目に浮かぶ。
 カッターナイフを持って幹久に襲いかかる久遠くん。
 それを、遠巻きに見つめる町の人達。
 久遠くんに殴りかかる幹久。
 誰も・・・誰ひとりとして、笑ってない。
 笑えない。


「誰のせいよ!」


 あたしは、短刀を地面に突き刺した。
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