下町退魔師の日常
 体育会系の、腹筋から出る声量を甘く見ちゃいけない。
 休憩室は一気に静まり返り、外の人達もじっとあたしに注目している。
 これで、少しは話しやすくなったわね。


「みんな知ってると思うけど、あたしと久遠くんは、今夜にでも鬼姫退治する事に決めました!」


 それでも、さっきよりも大きな声が出た。
 一気に辺りに緊張感が走るのが分かる。
 久遠くんはこっちを見つめていて。
 少しだけ視線を絡ませると、久遠くんは小さく頷いた。


「だからみんな・・・今夜一晩だけでいい、この町から出て行って!」


 大声で、というよりは殆ど悲鳴のようになってしまった。
 これだけは、お願いを聞いて欲しくて。
 お願い、どうかみんな。
 あたしの言う事を、聞き入れて欲しい。


「みんな出て行けって・・・本気で言ってるのか?」


 たっぷり五秒の沈黙を破ったのは、幹久だった。


「本気だよ」


 真剣に、あたしは言う。


「これはね、あたしの我が儘・・・どうかみんな、お願いします。今晩は、この町にいて欲しくない」


 誰も、何も言わなかった。
 みんな一様に困惑しているのが分かったし、あたしの言葉に動揺しているようだった。
 あたしは、わざと明るく、更に言葉を付け足す。


「ごめん・・・負ける気は毛頭ないの。勝つ気満々なんだけどね、もしも・・・もしも」


 こら。
 喉の奥で、引っ掛かってるんじゃないよ、あたしの言葉。
 ちゃんと出て来て。
 あたしは、大きく息を吸う。


「・・・もしも、あたしに何かあった時に、みんなを巻き込みたくない。だから、せめて今夜だけは・・・町の外に出ていて欲しい」
「何かあった時ってマツコ、おめぇに何かあったら、この町は終わりだからなぁ」


 ゆっくりと、シゲさんが言った。
 あたしは、首を横に振る。


「ううん。鬼姫は、刺し違えてでも倒すから。絶対に!」


 何としても、何としても。
 これだけは、約束する。
 シゲさんはじっとあたしを見つめてから、外に向かって言った。


「ほら、今夜だとよ。マツコはもう決めちまってるからなぁ、俺ごときが説得なんて出来ねぇが・・・まだ夜まで時間はあるんだから、話し合いの余地はある。どうすんだ?」
「シゲさん、余地なんてないの。町を出て行く準備もあるだろうし、ここはこのまま解散して・・・」
「マツコ。いくらこの町の退魔師の言う事でも、そこはすんなりと受け入れる訳にはいかねぇよ。奴らだって言い分はあるだろうしな。少しくらい話、聞いてやれや」


 ・・・仕方ない。
 あたしは、しぶしぶ頷く。
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