下町退魔師の日常
☆  ☆  ☆




 数分後、松の湯は創業以来きっと最高の人数を、店の中に収容していた。
 休憩室だけじゃ全然みんな入り切らなくて、男湯も女湯も開け放って、そこにすし詰め状態だ。
 お湯を張っていないから湿気は問題ないと思うけど・・・お風呂に陣取った人達、暑くないかな。
 これだけの人数がいたら、エアコンもあまり効かない。
 あたしは番台に座り、隣には久遠くんが立っている。
 目の前にシゲさんと幹久、幹久のお母さんとお嫁さんの詩織ちゃん、駄菓子屋のおばあちゃんに武田先生。


「――・・・で?」


 みんながそれぞれの位置に落ち着いた頃、幹久が口を開いた。


「みんな出て行けは良いけどよ、それには俺達も入ってるのか?」
「うん。この戦いに賛成とか反対とか関係なく、この町に住んでいる人達全員、今夜は町の外に行って欲しい」
「何でだよ、この町の未来がかかっている事なんだ! 何で俺達は何も関係ないみたいな言い方するんだよ!」
「幹久」


 あたしはゆっくりと、幹久に呼び掛ける。


「あんたに何が出来るの?」


 責める口調ではなかった。
 どっちかって言うと、言い聞かせる口調。


「魔物退治は意気込みだけで何とかなるものじゃない。分かるよね?」


 この町の未来の為。
 自分達の本当の、平和な暮らしを取り戻す為。
 そんな大義名分を掲げても、今回の戦いはそんなキレイ事だけで済むとは思えない。
 現にあたしは、鬼姫退治の理由の半分以上は、久遠くんと離れたくないからだもん。
 町の人達が久遠くんを追い出すと言った以上、あたしはそれを覆したかった。
 この町の平和を取り戻すとか大袈裟な事を言っているけど、本当は久遠くんの事があたしにとっての一番の大義名分なんた。
 あたしの身勝手な大義名分の為に、みんなを危険に晒す訳には、絶対にいかないんだ。
< 129 / 163 >

この作品をシェア

pagetop