下町退魔師の日常
「あたしらが久遠くんに出て行けって言ったからなのかい?」


 幹久のお母さんが言った。
 さすが。
 年長組は、言う事が違う。
 あたしは笑って、大きく頷く。


「うん。あたし、久遠くんと一緒にいたいの。だから、あたしが決めた。鬼姫退治を成功させれば、久遠くんは出て行かなくて済むしね・・・あ、鬼姫がいなくなれば、あたしがこの町を出て行ったって大丈夫だね!」
「マツコ・・・」


 シゲさんが、悲しそうに小さく呟いた。
 あたしは、番台に隠れてみんなからは見えない自分の太ももに、深く爪を立てている。
 そうでもしないと、みんなに向けた笑顔が、泣き顔に変わってしまいそうだから。
 心の痛みを、身体の痛みで消したかったから。
 この町を出て行くなんてセリフ。
 今まで通りの日常を続けていたなら、きっと一生、言わなくていい言葉だったのに。


「だからさ、みんなもそんな大袈裟に考えなくていいよ。ちょっと一晩、お出かけしてくれれば・・・明日には、ちゃんと帰って来て・・・」


 あたしは、涙を堪えてみんなを見渡した。


「――・・・ちゃんと、帰って来てね・・・この町に」


 隣に立っている久遠くんが、太ももを握っているあたしの手に、そっと自分の手を添えた。
 それだけで不思議と、心が落ち着いた。
 溢れそうになっていた涙も、何とか押しとどめる事が出来た。


「・・・マツコちゃん、この町はねぇ、昔から、出て行くのも居座るのも、自由なんだよ」


 そう言ったのは、鬼姫の絵本を貸してくれた、駄菓子屋のおばあちゃんだった。


「こんな婆さんになったらもう、行くところもないしね・・・マツコちゃんのお願いを聞いてあげられなくて済まないけどね、あたしゃここにいるよ」
「おばあちゃん!」


 どうして・・・!?


「ごめんなさいね、まっちゃん・・・」


 今度は、幹久のお母さんだった。
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