下町退魔師の日常
 あたしは倒れた久遠くんの前に身体を滑り込ませ、今にも振り下ろされようとする鬼の腕を短刀で受け止めた。
 力押しじゃ元々敵わない上に、さっき餓鬼にやられた傷が痛んで、尚更力が出ない。
 顔の真ん前まで、鬼の鍵爪が迫る。
 歯を食いしばり、震える手で何とか押し返そうと、あたしは懸命に両手に力を入れる。
 両肩の傷から流れ出た血が、あたしのTシャツを赤く染めていく。
 そんなあたしの肩に、暖かいものが触れた。
 あたしの後ろから、起き上がった久遠くんが短刀に手を添える。


「頑張れ、マツコ!」


 久遠くんも、あちこちに怪我をしていた。
 だけど、力の入らないあたしの両手に、久遠くんの力が加わって。
 サスケが、鬼の背中に飛び付いて爪を立てる。
 その一瞬怯んだ隙に、あたし達は一気に鬼を押し返した。
 間髪入れずにあたしは体勢を立て直し、鬼目掛けて一気に間合いを詰めた。
 ――これで。


「終わり!!」


 そう叫び、鬼の首に短刀を深々と突き刺す。
 だけど。


「マツコ!!」


 久遠くんが叫んだのと、左の二の腕に激痛が走ったのは、同時だった。
 致命傷を与えられた鬼が最後の力を振り絞り、あたしの腕に噛み付いた。
 サスケもこの緊急事態に、あたしの足元を右往左往している。


「だ・・・いじょうぶ・・・!」


 短刀を持つ手から力を抜かずに、あたしは何とか言葉を絞り出す。
 手応えはあるんだから。
 鬼が倒れるのが先か、あたしの腕が食いちぎられるのが、先か。
 ええい、早く倒れなさいよ!
 ギリギリと噛み締めたあたしの口元から、血が流れた。
 もう、何処が痛いかなんて分からない。
 せめて意識だけは、何処かへ行ってしまわないように。
 だけどだんだん、足に力が入らなくなって来て。
 やばい、と思った時、久遠くんがあたしの身体を支える。


「これで・・・ラストだ」


 耳元で、久遠くんのそんな声が聞こえる。
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