下町退魔師の日常
 だけど次の瞬間、あたしの身体は5メートルも弾き飛ばされていた。
 あたしが見たのは、鬼姫が少しだけ、その顎を動かした事だけ。
 信じられない。
 手を使わずに、攻撃して来たのか。


「・・・あなた様から頂いた短刀を取り戻し、我らを引き裂いた人間への復讐をお忘れにございます、久勝さま・・・」


 鬼姫はそう言って、真っ赤な唇に舌を這わせる。
 もう、分かった。
 久遠くんも、分かったよね!?
 鬼姫はやっぱり、鬼なんだ。
 その心の中に宿るのは、侍への執着と、人間への復讐だけなんだ。
 しかも、シゲさんが言っていたように、鬼姫は普通の魔物じゃない。
 今まで戦ったどんな相手よりも、戦うのが難しい。
 手を使わない攻撃なんて、どうやって戦えばいいの!?
 並大抵の退魔師じゃ、敵わない。
 ようやく、その言葉の本当の意味が分かった。


「く、久遠く・・・」


 呻きながら、あたしは何とか起き上がろうとする。
 久遠くんはフラフラと少しずつ、祠に近付いていく。
 祠の扉は、開いたままだ。
 扉の中の漆黒の暗闇は、まるで久遠くんを引き寄せているかのように、無限に広がっている。


「やめて・・・」


 やめてよ久遠くん!
 自分が犠牲になる事で、この町を・・・あたしを守ろうとしてくれているのなら。
 そんな犠牲なんて、いらない!!
 だけど、地面に打ち付けられた身体が、言う事を聞いてくれない。
 その時また、ドォン、と、何かが割れる音がした。
 ようやく上半身を起こして膝をついたあたしは、はっとして顔を上げる。
 メキメキと軋む音がして、両開きの祠の右側の扉がバラバラに砕け散る。


「え?」


 あたしは、さっきからチラチラと灯る光を改めて見つめる。
 短刀の光とは違う、もっと人工的な。
 この光って・・・。
 懐中電灯?
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