下町退魔師の日常
「コイツを壊せば、久遠は中に入れねぇ。そして、鬼姫も帰れねぇ。一石二鳥だろ?」


 ・・・はぁ。
 得意気に鼻をこすってますけどね、幹久。
 あんたってば、本当に。
 ・・・バカじゃないの!?


「退魔師の魔物退治は見ちゃいけないってのが、この町の暗黙のルールじゃなかったの?」
「関係あるかよ。んなもん今までの日常の、ほんの些細なルールでしかねぇよ。言ったろ、俺はこの町の今までの日常ってヤツを、覆したいんだよ!」


 言いながらも、幹久はどんどん祠を壊していく。
 そしてひと息つくと、鬼姫を見据えて。


「伝説をよくよく吟味するとな。いくら裏切られたからって、自分の恋人を刺し殺すなんて普通の人間のする事じゃねぇよな。そこからして狂ってるんだよ。そうだろ、え? あんた」


 最後の“え? あんた”は、鬼姫に向けられていた。
 祠が完全に壊れても、鬼姫は俯いたまま立ち尽くしている。
 かろうじて見えるその口元は吊り上げられていて。
 ・・・笑ってる。
 あたしの中で、ジグソーパズルのピースがどんどん埋まっていくような感じがした。
 次々と明るみになっていく真実。
 あたしはもう、無様に地面に転がってはいない。
 ここまで来たらもう、後ろになんて下がれない。
 ううん、絶対に引くもんか!
 鬼姫の帰る場所は無くなった。
 だから、ここで、鬼姫と決着を付ける!


「久勝さま・・・」


 鬼姫は動かない久遠くんに近付いて、その頬に指を這わせた。
 あたしはぴくりと、眉を動かす。


「その人はね、あんたの久勝さまじゃない。あたしの久遠くんなのよ。だから馴れ馴れしく触らないで」


 あまりにもムカついたからか、自分でも驚くくらい低い声が出た。
 それなのにあの女、やたらと久遠くんにすり寄ったりしていて。


「ちょっと! 聞いてんの!?」


 全く!
 綺麗に聞き流してくれてんじゃないわよ!
 ギリギリと歯ぎしりするあたしを完全に無視して、鬼姫は久遠くんにその赤い唇を近付けた。
 こんのぉ~! それ以上近づいたら、本当に許さないから!


「久勝さま・・・またわたくしに、糧を下さいな」


 まるで、子供が欲しい玩具をおねだりするように。
 同時に、あたしは短刀を構えて、再び鬼姫に向かって走り出す。
 それでも鬼姫は、久遠くんの頬を撫でるのを止めなかった。
 いつの間にかその手には、鬼特有の長く鋭い爪が生えている。
 そしてその禍々しい爪は、久遠くんの喉元に軽く食い込んだ。
 つぅっと、久遠くんの首から血が一筋、流れる。
 それを見た途端、あたしの頭の血が一気に沸騰するのが、自分でも分かった。
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