下町退魔師の日常

　捕まえた手首が震える。


（コイツ・・・！）


　あたしは、イケメンを睨み付けた。
　本気だ。
　本気で、ナイフで切り付けようとしてる。
　掴まれた手首を無視して、隙あらばそのままナイフを振り下ろそうと、容赦なく力を入れている。
　細っこいクセに、さすがに男の力だけあるわ。
　このままじゃ、腕力で押し負ける。
　・・・それなら。
　あたしは掴んだ手首を、自分の左側へ引っ張った。
　相手が押す力を利用して、相手の体制を崩す。
　そこに隙が生まれる。
　間髪入れずに、あたしはイケメンに足払いをかけた。
　横ざまに転ぶイケメン。
　手を床に突いて起き上がる前に、あたしはイケメンの右手を踏みつけ、力が緩んだ瞬間にナイフを蹴り飛ばした。


「何してくれてんのよ、人んちで」


　多少息を切らしながら、あたしは言った。
　じいちゃんに死ぬほど通わされた、数々の武道の習い事をなめんなよ？
　あまりにも幅広くやりすぎて、どれもみんな中途半端に終わっちゃってるけど。
　それはそれで、こういう時に役に立つんだから。


「・・・・・・」


　イケメンは上半身を起こして片膝を立てて床に座ると、何も無くなった自分の右手をじっと見つめていた。


「つか、誰よこの人？」


　いつの間にか脱衣所を出て来たノリカちゃんがあたしの横に立ち、座ったままのイケメンを見つめている。
　それなりに化粧をし直しているのが憎らしい。
　化粧落としに、ここに来たんじゃなかったっけ？
　まじまじとイケメンを見つめたノリカちゃんは、オクターブ高い声を出す。


「やだ！　超カッコイイ!!」


　あたしには「良かった～化粧し直して」って聞こえた。
　誰よ誰よ紹介してよ、マツコちゃんがこんなカッコイイ人と知り合いなんて聞いてないわよ、とか、やたらと一人ではしゃいでいるノリカちゃん。
　まぁね、ここら辺じゃいないタイプなのは間違いない。
　ジャニーズの誰かとビジュアル系のバンドマンを足して掛けたようなこのイケメンくんに、あんたさっき殺されかけてんのよ。
　そう言いかけたとき、問題のイケメンくんがすっと立ち上がった。
　あたしは無意識に、ノリカちゃんを庇う位置に身体を移動した。


「あのぉ、あたしノリカって言います、良かったらお名前聞いてもいいですかぁ？」