下町退魔師の日常
 鬼になってしまい、あたし達に倒された鬼姫を、侍はしっかりと抱き締めていた。


「ひ・・・久勝、さま・・・」


 胸の中心に短刀を突き刺された鬼姫が侍の姿を見上げた時、もう彼女は鬼の形相をしてはいなかった。
 そこにいるのは、凛々しい侍の腕の中に抱えられた、本当に美しいお姫様だった。
 侍は恭しく鬼姫の手を握ると、本当に愛おしそうにそっと自分の口元に近づけた。


「今度こそ、未来永劫、一緒に居ります。この時を待っていたのです。あなた様が人に戻る、この時を・・・」
「久勝さま・・・」
「信じておりました。あなたは本当は鬼なんかではない、美しい姫だと・・・」


 その言葉を聞いた鬼姫の頬を、一筋の涙が伝う。
 細く白い両手をしっかりと、侍の背中に回して。
 短刀は、ただ鬼姫を狂気にかき立てるだけの道具じゃなかった。
 今までの歴史の中で、本当に沢山の糧を吸い込み、鬼姫を現代に蘇らせた短刀。
 だけど、あたし達が最後の一撃で、持てるその糧の殆どを放出した。
 その一番奥底には、ちゃんと、侍の魂も眠っていたのだ。
 鬼姫が復活して、人に戻る、その時をひたすら待ち続けて。
 それが、最後の真実。
 あたしは退魔師として、それをちゃんと見届ける事が出来て、そして間違った答えを導かなくて、本当に良かったと思っている。
 怨みや憎しみからは、何も生まれないってのが、痛いほど理解出来たから。
 だから、この場所は。
 松の湯の退魔師の歴史を、この町の伝説を、ずっと忘れない為の場所。
 あたしは無意識に、お腹に手を当てた。
 久遠くんが、あたしの肩を抱き寄せる。
 まだ実感はないけれど。
 ここに宿った小さな命はもう、戦わなくていいんだ。
 だけど、この子が大きくなったら、あたしはちゃんと話して聞かせるつもりだ。
 松の湯の歴史と、この町の退魔師の日常を。




 そして。




 パパとママが、どれだけ一緒に居たかったのかを――。












【end】
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