下町退魔師の日常
 サスケに警戒心はない。
 久遠くんがこの銭湯にやって来た時からそうだった。
 もし、これが本当に悪いヤツだったら――サスケはそいつが入って来る前から、何らかの危険なサインを出す筈。
 実際、あたしはそれに何回も助けられているし。
 そんなサスケが、あんな風に懐いてるなら。
 あたしは、サスケの野生のカンを信用する。


「このまま警察に通報してもいいんだけどさ。あんたに聞きたい事あるし」


 久遠くんの向かい側に座ってコーヒーを一口飲んでから、あたしは言った。
 久遠くんの、サスケを撫でる手が止まる。


「どうして俺が、血が見たいなんて言ったのか、だろ?」
「・・・・・・・」


 あたしは、固唾を飲む。
 その通りだ。
 だけどそう言った久遠くんの表情は・・・苦しそうに見えた。
 全く分からない。
 どこまでが本気で、どこまでが苦痛なのか。
 だけど、それからは何を言っても、何を聞いても答えてはくれなかった。
 何処から来たのか、どうしてナイフなんて持って来たのか。
 血が見たいって、どういう意味なのか。
 歳はいくつで、何月生まれで、血液型は何なのか。
 見事に、全部シカト。


「もう、いい加減にしてよ・・・」


 ホント。
 いい加減、眠くなってきた。
 もう2時近い。
 明日も早いし、いい加減寝ないと身体がキツイ。
 サスケなんて、とっくに寝ちゃってるし。
 睡魔と戦うあたしは、どうしたらこの状況を終わらせるか、回転が鈍い頭を必死で動かして考えていた。
 何だか、今となっては警察、どうでも良くなってきた。
 深夜の下町をパトカーがサイレン鳴らして走ってくる。
 それだけで、騒然となるだろうし。
 かといってイチイチ警察署まで連れていくのも面倒くさい。


「あたし、もう眠い・・・だからもう帰って」


 そう言ってから、あたしはちょっと待て、と考え直す。
 このまま久遠くんをここから追い出したとして、また彼が誰かを襲わないとは限らない。
 久遠くんはサスケを追い掛けてここにやって来た。
 としても、サスケがここに帰って来てから久遠くんが松の湯に来るまでに、1時間のタイムラグがある。
 つまり、久遠くんはサスケを追い掛けてこの辺りまで来て、見失ってる。
 サスケがここの猫だとは分かっていなかったんだ。
 たまたま押し入ったのが、あたしがいるこの松の湯だったから良かったけど・・・もし、他の家を襲っていたら。
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