下町退魔師の日常
「僕が誰だか、分からなかったですか?」


 クスクス笑いながらそう言うタカシくんに、あたしは苦笑して。


「うん・・・いやあの、ごめんね」
「全然いいですよ。みんな驚いてますから」
「そうよねぇ・・・でもさ、かなりカッコ良くなったね! 女の子にモテそう!」


 本当に心の底からの正直な感想を言うと、タカシくんは恥ずかしそうに笑う。


「ノリカさんがこの町から居なくなって、それなりにショックでした。だけど、思ったんですよ」
「・・・何を?」
「僕は確かにノリカさんに好意を持ってました。だけど・・・何もしなかった。振り向いて貰う努力も、自分を磨く努力も」


 うん、確かにあの頃はノリカちゃんが来そうな時間帯にちょこちょこっとやって来ては、話し掛けもせずに遠巻きに彼女の事を見ていただけだもん。


「2ヶ月前の僕は、ノリカさんに好意を抱く事も、分不相応だった。だから変わろうと努力したんです」
「そう・・・なんだ」


 さすが、この国で最高峰の大学を目指してるだけあって、言葉がどこか難しかったけど。
 “分不相応”っていう言葉が、小さなトゲとなってあたしの心にチクリと突き刺さった。
 あたしは・・・どうなんだろう。
 そりゃあね、一人暮らししてる時も、じいちゃんと一緒だった時も、仕事は一生懸命、きちんとやってきたつもりよ。
 でも・・・久遠くんと一緒に生活している今のあたしは、どうなんだろう。
 彼の同居人として相応しく生きているんだろうか。
 だけど、タカシくん、ホントに素敵に変わったよ。
 凄く努力したんだと思う。


「素敵だよ、タカシくん。すっごくイケメンになったよ」


 あたしは、素直にタカシくんを褒める。


「だけど、2ヶ月もここに来ないんだもん」
「ゴメンなさい・・・やっぱりこの銭湯に来るのは辛かったんです。それで、バイト先の近くにある24時間やってるスパとか、申し訳ないけど・・・他の銭湯に行ったりもしたんですけど」


 うん、まぁそうだよねぇ。
 ここは、失恋した相手との思い出の場所だもんね。
 タカシくんの気持ちも分かるから、あたしは笑顔を作った。


「大丈夫だよ。またこうやって来てくれたんだもん。忘れないでいてくれてありがと、タカシくん」
「忘れる訳がないですよ。正直まだちょっと辛いところもあるけど・・・他の街の銭湯じゃダメなんです」
「ダメ、って?」
「僕が1番落ち着けるのは、この銭湯なんです。ここでマツコさんが座っているだけで安心する。だから結局、ここに来ちゃうんですよ。失恋の痛手より、この銭湯の安心感の方が勝ってる」


 ・・・・・・。
 おねーさん、泣いていいですか。
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