下町退魔師の日常
 何て嬉しい事を言ってくれるんだろう。
 お礼言いたいけど、今言ったら絶対に感極まって泣いちゃう。
 それに、「はい」か「いいえ」しか会話が続かなかったタカシくんが、ここまで喋ってくれている。
 も、感動の嵐だわ。
 失恋って大ダメージだけど、人間を一回りもふた回りも、大きくするんだね。
 タカシくんの場合、相当成長したんだね。
 元々頭のいい子だもん、一所懸命考えたんだ。
 答えのない、恋の方程式を。
 そして、自分なりに出した答えが、今のタカシくんなんだ。


「良かった・・・タカシくん」
「やだなぁ、泣かないで下さいよ・・・まるで僕が虐めたみたいじゃないですか」
「ううん、嬉しくて」
「何を話してるんだ?」


 いきなりにょきっと出て来たのは、久遠くんだった。


「いいでしょ、別に」


 人が感動してるとこに、水差さないでよ。
 ティッシュで鼻をかみながら、あたしは答えた。
 そんな久遠くんを見上げて、タカシくんは。


「あれ? この人が噂の」
「噂は気にしないでね。久遠くんはここの従業員ですから」


 そう言えば、タカシくんは久遠くんとまだ会っていない。
 噂の内容なんて聞かなくても分かっているから、あたしは先に釘を刺す。


「へぇ・・・そうですか」


 タカシくんは微妙な笑顔を浮かべて、脱衣所に姿を消した。
 ・・・絶対に信じてないわね。


「何を話してたんだよ?」


 少しだけ不機嫌そうに、久遠くんはまた言った。
 その態度を見て、さすがのあたしも少しイラッとする。


「何よ。何でイチイチそんな事気にするの? お客さんと何を話していようが、別に関係ないでしょ。久遠くんだって女子高生と楽しそうに話してたじゃない」
「俺のは本当にただの世間話だよ。マツコはお客さんと世間話してただけで、何で泣いてるんだ?」
「タカシくんの言葉に感動したの! もういいでしょ」


 何なのよ本当に。
 今日の久遠くん、やたらと絡んでくる。
 この2ヶ月、こんなに嫌悪になったことないのに。
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