下町退魔師の日常
「久遠くん、危ないから離れて・・・!」
「黙ってろ」


 久遠くんは右手であたしの身体を支えながら、左手をあたしが持っている短刀に添える。
 ――・・・どくん。
 たったそれだけで、短刀がぶるんと脈打った。
 ・・・何、この感触?
 いつもの魔物退治で血を吸った時の、あの恍惚感とは違うような気がした。
 それは禍々しいものではなく、本当に頼っても大丈夫だって言う、信じられるような心強い感じだった。
 確かこの短刀、呪われてるんだよね?
 どうなってるの一体・・・。
 だけど、それを考えている余裕はなさそうだ。
 両手を広げて、鬼があたし達に牙を剥く。
 立っているのもやっとの筈なのに、久遠くんに支えられたあたしは何故か、鬼よりも速く動けた。
 その懐に飛び込むと、鬼の胸元に一気に短刀を突き刺す。


「ギェェェェェ・・・!!」


 断末魔の叫び。
 力を緩めない短刀を持つ右手に、何とも表現し難い脈動が伝わる。
 それはまるで、短刀が悦んでいるかのようだった。
 魔物に致命傷を与えた時の、いつもの感触。
 さっき久遠くんが手を添えてくれていた時とは違う。
 あたしは、この感触が嫌いだ――。
 そんなことを思いつつ、あたしは久遠くんの顔を見あげた。


「・・・・・・」


 その横顔は――悲しみとも、哀れみとも取れるような、遠い目をしていた。
 しばらくすると、鬼はシュウシュウと音を立てながら、煙のように霧散した。


「みゃ~・・・」


 ヨロヨロと、サスケがこっちに寄ってくる。


「サスケ! サスケ、大丈夫!?」


 慌ててサスケを抱きあげようとして、あたしはあまりの激痛に倒れそうになる。
 けど、ひょいと身体が持ち上げられた。


「サスケもちゃんと連れて行く。マツコ、お前は一人で歩けねェだろ」


 あたしを抱き上げた久遠くんが呆れたようにそう言ったのを最後に、あたしの視界は完全にブラックアウトした――。
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