下町退魔師の日常
「それとな」


 心なしか声を潜めて、久遠くんは言った。
 あたしは顔に擦り寄ってくるサスケを左手で撫でながら、久遠くんに視線を送る。


「お前がここに入院してるのはもう町中に知れ渡ってるけど・・・誰にもこの病室には入れてないから」
「・・・・・・」


 あたしは黙っていた。
 確かに、この事を知ったらみんな大騒ぎだろうな。
 ここに殺到したに違いない。
 たけど久遠くんが、この部屋に誰も入れなかった。
 それはそれで、良かったような気がするけどね・・・。
 あたしの無様な姿を見せたくなかったし、みんなに余計な心配をかけなくても済むし。
 とにかく、鬼は退治出来たし、久遠くんもサスケも無事で良かった。


「お店・・・一人で大変だったでしょ。ありがと、久遠くん」
「大丈夫だよ。それよりも」


 久遠くんはパイプ椅子に座り直して、腕組みをした。
 少し真剣な表情を浮かべて。


「町の人達には、俺が上手く言っておくから・・・しばらくは誰にも会わない方がいいんじゃないか?」
「どうして?」


 あたしは聞き返す。
 確かに3日も眠っちゃってどうしようもなかったけど、今はこうやって意識が戻ったんだから、町のみんなに「大丈夫だよ」って伝えたい。
 町の人達も、松の湯の常連さん達もきっと、心配してる。
 シゲさんなんて、きっと心配しすぎてお酒どころの騒ぎじゃないだろうに。
 だけど、次に久遠くんの口から出て来た言葉は、あたしにとって微塵も予想出来ない事だった。


「マツコ・・・お前を苦しめるこの町の人達を、お前に近付けたくないんだ」


 ――・・・今度こそ。
 あたしは完全に、完璧に絶句した。
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