下町退魔師の日常
 サスケは久遠くんの膝の上で、気持ち良さそうに喉を鳴らしている。
 あたしはと言えば。
 ゆでダコですか?
 たっ・・・たかがおでこにキスされたくらいで、こんなに過敏に反応していいんでしょうか?
 あまりの恥ずかしさに、あたしは左手で毛布をたくし上げて、頭からすっぽり被った。
 その時、ドアがノックされる。


「はい」


 何もなかったように、久遠くんは返事をした。
 入って来たのは、この病院の院長、武田先生だった。


「やっと目が覚めたな、まっちゃん」


 武田先生は、とても70歳には見えないくらいに髪の毛が黒くてふさふさで、口元に蓄えた髭が、すっごくダンディだ。


「すっかりお世話になってます。で、あたしいつ退院出来ますか?」


 先ず聞きたかったのは、ここだ。
 そんなあたしを、先生は呆れ顔で見下ろして。
 不意に、あたしの右手を持ち上げた。


「いてっ!! いててててて!!」
「そうか、痛いか。まだ抜糸も済んでないから当たり前だがな。今すぐ帰りたいと思ってるだろうけど、ま、早くてあと3日は入院してて貰うよ」
「・・・はい」


 忘れてた。
 武田先生は、実年齢よりも若々しくてダンディで。
 ・・・そしてドSだった。
 言う事をちゃんと聞かないと、お仕置きされるんだ。
 あたしが小さい頃、風邪を引いてここに来て、注射がイヤで大泣きしたときにもすかさず一発、ゲンコツを貰ったもんなぁ。
 連れてきてくれたじいちゃんは、それを見て大笑いしてたけど。


「久遠くんも大変だろうけど、まっちゃんはもう少し大人しくしていて貰うよ」
「いえ、俺は全然平気ですよ。先生の所なら、安心してマツコを任せられますから」


 二人して、当のあたしを差し置いてこんな会話をしている。
 それから武田先生は、あたしの傷口の様子や体調を診察した。


「まっちゃんの意識が戻ったし、面会謝絶は解いても大丈夫なんだが・・・どうする?」


 あたしは、久遠くんを見た。
 久遠くんはまだ、町の人達を快く思ってないんだろうか。
 少しだけ、あたしの頭の中を不安がよぎる。


「大丈夫です。みんなも心配してるだろうし、マツコの元気な顔を早く見たいだろうから」


 そんなあたしの不安をよそに、久遠くんは屈託の無い笑顔で言った。
 あぁ、良かった。
 あたしはほっとする。
 この町の人達のこと・・・少しは信じてくれたのかな。


「じゃあ、午後から入場制限かけなきゃだな」


 武田先生は豪快に笑って、病室を出て行った。


「ありがと、久遠くん」


 あたしは素直に、お礼を言う。
 久遠くんは苦笑して。


「お礼言われる程でもないけどな。ホントは分かってたんだ。俺が何を言ってもマツコは退魔師を辞めないし、この町の人達がどれだけマツコを心配してるかも・・・な」
「・・・・・・」
「松の湯に帰ったらびっくりするよ。お見舞いの品が山程届いてる。シゲさんなんて、マツコが退院するまで酒断ちするってさ」


 あはは~・・・。
 だろうなぁ。
 あたしがこんな事になってしまって、みんなの狼狽えぶりが目に浮かぶようだった。
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