下町退魔師の日常
“ありがとな”


 うん。
 何も心配しないでね。


「心配――か・・・」


 久遠くんが何を心配しているのか分からないけど・・・あたしが、その心配事を少しでも軽くしてあげたい。
 鬼姫伝説と、短刀と、祠と、この町。
 それと、久遠くん。
 この町に住む人達と、退魔師。
 よく考えたら、こんなに複雑に絡み合ったしがらみなんてそうそうないのかも知れない。
 表向きは単純そうだけどさ。
 ただ単に、祠から出て来た魔物をあたしが退治すればいいだけの話じゃなかった。
 この複雑なしがらみを解くのも、退魔師であるあたしの仕事だ。
 もっとちゃんと、向き合ってみよう。
 みんなが安心して暮らせるように――。




☆  ☆  ☆




 それから三日後。


「あ~・・・!! やっぱり我が家が一番だねぇ~」


 松の湯の番台に頬をすり寄せながら、あたしはしみじみ言った。


「その言い方、年寄りみたいだな」
「はぁ!?」


 あのドSの武田先生からやっと退院の許可を勝ち取って、あたしは松の湯に帰って来た。
 たった一週間しか留守にしてなかったのに、この番台とお風呂の石鹸の香りが、物凄く懐かしく感じた。
 まぁ、あたしの意識が戻って面会謝絶を解いた途端、入れ代わり立ち代わり町の人達がお見舞いに来てくれて。
 どうやら本当に武田先生が入場制限をかけたらしく、みんなが病室に殺到する事はなかったんだけど、その分順番に対応しなきゃならなくて、あたしの入院生活はそれなりに忙しかった。


「まだ抜糸したばかりなんだから、無茶すんなよ?」


 あたしの荷物が入ったカバンを床に置きながら、久遠くんは言った。


「分かってる」


 そう言いながらも、あたしは銭湯の中をウロウロと歩き回る。
 凄い、久遠くん。
 掃除は行き届いてるし、今日の営業の準備もバッチリだ。
 それなのに、あたしが退院するのに病院まで迎えに来てくれた。
 ちゃんと寝てるのかな、久遠くん。
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