下町退魔師の日常
「ねぇ久遠くん、もしかして、昨日の営業が終わってから掃除とか、したの?」
「ん? あぁ、そうだよ」


 やっぱり。


「久遠くんの方が無茶してるんじゃないの? ちゃんと休まなきゃダメだよ」
「いや、昨日はちゃんと寝たよ。掃除はみんなが手伝ってくれたからさ」
「え? 何で?」
「今に分かる」


 久遠くんがそう言った時、店の入り口の戸が開く。


「マツコぉぉぉぉ!!」


 そう叫びながら入って来たのは。


「シゲさん!」
「良かったなぁぁぁ、退院出来て!!」


 一升瓶を抱えたシゲさんは言った。
 いや、嬉しいのはあたしも嬉しいけど、バシバシと肩を叩かないで!


「いやシゲさん、毎日お見舞いに来てたじゃない。それにまだ昼間だよ?」


 既にお酒の香りが・・・。


「バカヤロー、これが飲まずにいられるかってんだ!!」


 まぁ、あたしが入院している間、本当に酒断ちをしていたらしいから・・・。
 それから続々と、町の人達がこの松の湯に集まって来て。


「もう分かっただろ。昨日のうちにみんなで今日の営業の準備を済ませて、マツコの退院祝いするってみんな張り切っちゃってな」
「退院祝いって・・・ウチ今日も普通に営業してるんですけど」


 あたし達がそんな会話をしている間にも、休憩室にはどんどん人が集まって。
 みんなお酒やツマミを持ち寄って、既に宴会が始まっている。
 もしかして、みんなただお酒が飲みたいだけなんじゃ・・・?
 あたしがそう言ったら、久遠くんは至極真面目な顔で。


「何言ってる。こうやってなし崩しに宴会を始めれば、退院したてのお前が無茶して仕事しなくていいって、みんなが言ってたぜ」


 あーそうですか。
 ホント、みんなあたしのこと、どんだけ分かってるのよ。


「ほらマツコ、お前もこっち来て呑め!」


 シゲさんが湯呑み茶碗を差し出している。


「おあいにくさま、武田先生からまだ飲酒の許可は出ていませんから」
「じゃあ、ジュースでも飲みなさいよ、マツコちゃん」


 近所のマダム達にオレンジジュースを差し出された。
 そんな感じでワイワイと盛り上がっていたんだけど、あたしには、気になる事があった。
 これだけみんな集まっているのに、幹久がいない。
 入院している間も、一回もお見舞いに来なかったし。
 何だかずっと、幹久の顔を見てない気がする。


「どうした? ため息なんかついて」


 あたしの隣で、久遠くんがそう聞いた。


「ううん、何でもない」


 何か、久遠くんと幹久もギクシャクしてたんだよね。
 あれからどうなったのか聞いてないし、久遠くんも宴会を楽しんでいるみたいだから、幹久の話題を持ち出すのも悪い気がしたし。
 つか、幹久の奴。
 何を考えているのか分からないけど、顔くらい見せてくれたっていいじゃない。
 幼なじみが聞いて呆れるわよ。
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