下町退魔師の日常
あたしが入院中に久遠くんと話してから、薄々はそうなんじゃないかと思ってた。
実際、姫様が生んだ子供は殿様に取り上げられ、どんな人生を送ったのかまではわからないけど・・・確かに生きていた。
その子供が大人になり、子孫を残して・・・その血は、久遠くんに受け継がれている。
でもまさか、本当に?
「久遠くん・・・」
恐る恐る久遠くんの横顔を見上げたけど、真っ直ぐなその瞳は当然、嘘や冗談を言っているとは思えない。
「久遠。お前が侍の子孫だか何だか知らねぇが、バカな事を考えちゃならねぇよ。もう分かっただろう、俺達がどんだけ辛い惨事を目の当たりにしてきたのか」
疲れた様子で、シゲさんが言った。
思い出すのも苦しかっただろうに。
さっきからシゲさん、何回もため息ついてるし。
ごめんね。
知らなかったとは言え、辛い話をさせちゃったね。
鬼姫を退治するなんて、安易に言っちゃいけなかったんだよね。
そりゃあ、気持ちは、鬼姫が憎いよ。
父さんと母さんを奪った鬼姫が。
出来る事なら、親の敵討ちをしたい。
――・・・だけど、あたしには自信がなかった。
少しでも退魔の力がある人間が束になってかかっても、鬼姫には敵わなかったんだ。
そんな魔物を、あたしが退治出来るだろうか?
あたしだけが犠牲になるなら、それでいい。
だけど、もし失敗したら町のみんなは・・・。
あたしにそれだけの責任が負える?
それだけの力がある?
「もう、そろそろお開きにしないかね?」
駄菓子屋のお婆ちゃんも、力なく言った。
それを皮切りに、みんなは一人、また一人と帰って行く。
帰り際、シゲさんは言った。
「マツコ・・・これだけは言っておくぞ。俺達はマツコを犠牲にして平和に暮らしたいんじゃねぇよ」
「分かってるよ、シゲさん・・・ありがとう」
鬼姫以外の魔物と戦っている分には、まだあたしが生きる可能性はある。
だけど、鬼姫を退治しようなんて考えたら。
その時は、かなりの高確率で、あたしの命はない。
今まで通り、たまに出てくる魔物を退治して。
結婚して、子供を産んで。
あたしの子供も、ちゃんとした退魔師として育てて行く――。
それが、伝説と共に生きるこの町の、日常。
無理して日常を変えようとしたら、待っているのは20年前みたいな惨状・・・。
最後に幹久が、ゆっくりと立ち上がった。
そして、何かを言いたそうに口を開きかけて・・・あたしから、視線を逸らす。
「幹久」
そんな幹久に、あたしは声を掛けた。
「ホントに良かった・・・おめでとう、幹久」
「・・・あぁ」
それだけ言うと、幹久は松の湯から出て行った。
あたしも久遠くんも、ただ立ち尽くして・・・誰も居なくなった休憩室を、言葉もなく眺めていたーー。
実際、姫様が生んだ子供は殿様に取り上げられ、どんな人生を送ったのかまではわからないけど・・・確かに生きていた。
その子供が大人になり、子孫を残して・・・その血は、久遠くんに受け継がれている。
でもまさか、本当に?
「久遠くん・・・」
恐る恐る久遠くんの横顔を見上げたけど、真っ直ぐなその瞳は当然、嘘や冗談を言っているとは思えない。
「久遠。お前が侍の子孫だか何だか知らねぇが、バカな事を考えちゃならねぇよ。もう分かっただろう、俺達がどんだけ辛い惨事を目の当たりにしてきたのか」
疲れた様子で、シゲさんが言った。
思い出すのも苦しかっただろうに。
さっきからシゲさん、何回もため息ついてるし。
ごめんね。
知らなかったとは言え、辛い話をさせちゃったね。
鬼姫を退治するなんて、安易に言っちゃいけなかったんだよね。
そりゃあ、気持ちは、鬼姫が憎いよ。
父さんと母さんを奪った鬼姫が。
出来る事なら、親の敵討ちをしたい。
――・・・だけど、あたしには自信がなかった。
少しでも退魔の力がある人間が束になってかかっても、鬼姫には敵わなかったんだ。
そんな魔物を、あたしが退治出来るだろうか?
あたしだけが犠牲になるなら、それでいい。
だけど、もし失敗したら町のみんなは・・・。
あたしにそれだけの責任が負える?
それだけの力がある?
「もう、そろそろお開きにしないかね?」
駄菓子屋のお婆ちゃんも、力なく言った。
それを皮切りに、みんなは一人、また一人と帰って行く。
帰り際、シゲさんは言った。
「マツコ・・・これだけは言っておくぞ。俺達はマツコを犠牲にして平和に暮らしたいんじゃねぇよ」
「分かってるよ、シゲさん・・・ありがとう」
鬼姫以外の魔物と戦っている分には、まだあたしが生きる可能性はある。
だけど、鬼姫を退治しようなんて考えたら。
その時は、かなりの高確率で、あたしの命はない。
今まで通り、たまに出てくる魔物を退治して。
結婚して、子供を産んで。
あたしの子供も、ちゃんとした退魔師として育てて行く――。
それが、伝説と共に生きるこの町の、日常。
無理して日常を変えようとしたら、待っているのは20年前みたいな惨状・・・。
最後に幹久が、ゆっくりと立ち上がった。
そして、何かを言いたそうに口を開きかけて・・・あたしから、視線を逸らす。
「幹久」
そんな幹久に、あたしは声を掛けた。
「ホントに良かった・・・おめでとう、幹久」
「・・・あぁ」
それだけ言うと、幹久は松の湯から出て行った。
あたしも久遠くんも、ただ立ち尽くして・・・誰も居なくなった休憩室を、言葉もなく眺めていたーー。